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死の商人が主題の劇画、『ヨルムンガンド』が描くのは神話的運命論だ

『ガタカ』『トゥルーマン・ショー』で高く評価されているアンドリュー・ニコルが、武器商人いわゆる「死の商人」を主人公にして撮った映画『ロード・オブ・ウォー』。
実在の武器商人への取材を元に作られたこの映画は、ニコラス・ケイジ演じる架空のフリーランス武器商人が巨万の富を手にし、イーサン・ホーク演じる国際警察の捜査官と対決するという物語。
 
今回紹介するヨルムンガンドも、武器商人たちが活躍する物語だ。もっとも、こっちの主役たちはみな若い。本作の主人公は、元少年兵ヨナと、武器商人少女ココの二人。この二人を巡る物語について紹介しようとしたら、「神話的運命論」とでも呼べるような構図が浮かび上がってきた。今回は厨二病だと罵られることを恐れずに、その様々な符合から本作を読み解いてみたい。
 

 

ヨルムンガンド1   ヨルムンガンド2   ヨルムンガンド3   ヨルムンガンド4

 

ヨルムンガンド5   ヨルムンガンド6   ヨルムンガンド7   ヨルムンガンド8

 

ヨルムンガンド9   ヨルムンガンド10   ヨルムンガンド11


 
ほぼすべての表紙に描かれている女性は主人公のひとりココ。最終巻で最新刊の第11巻の表紙絵だけは、もうひとりの主人公であるヨナだけが描かれている。なお、書影だけではわからないが、カバーを取り払うと1~9巻までは主要登場人物が一人ずつ描かれているが、10・11巻は真っ黒で何も描かれていない。この闇を見つめなければならない。
 
本作は今年4月からアニメ化され、話題になっている。同じ月刊誌「サンデーGX(ジェネックス)」に連載され、またやはりアニメ化され話題になった広江礼威氏の人気作ブラックラグーンとよく比較される。
ガンアクションを中心に、社会の暗部を生き抜くタフな登場人物たちを描くこの2作には、たしかに共通点が多い。。
しかし、比較的末端の小競り合いを描いた『ブラックラグーン』に対して、『ヨルムンガンド』は全世界の「戦争」というテーマを扱う壮大なスケールを持つ点が異なっている。
(『ブラックラグーン』もエピソードや登場人物によっては、『ヨルムンガンド』的なグローバルな問題意識が見え隠れするところがあることも否定できない。現在、『ブラックラグーン』は連載休止中のため、再開後の展開がどうなるかは予想がつかないことは断っておこう)

 

ブラックラグーン1   ブラックラグーン2   ブラックラグーン3

 

ブラックラグーン4   ブラックラグーン5   ブラックラグーン6

 

ブラックラグーン7   ブラックラグーン8   ブラックラグーン9

 
本作の主人公の一人ココ・ヘクマティアルは、貿易王フロイド・ヘクマティアルの娘であり、世界を股にかける有能な武器商人。「世界平和のために武器を売る」と明言する、謎の多い人物として描かれている。
もう一人の主人公ヨナは、両親を殺されたことから武器を憎みながらも、生きるために兵士となってしまった少年。「ヨナ」というこのキャラクターの名前は、ピノキオの原型として知られる旧約聖書の「ヨナ書」に由来するものと思われる。「ヨナ書」は、ヨナという登場人物が「巨大な魚」に呑み込まれる話で有名だ(ピノキオにも同様の話がある)。しかし「ヨナ書」はユダヤ教の選民思想を否定し、「神の愛」がすべての人間に及んでいることを説く物語として解釈されており、キリスト教ではヨナをイエスの原型とみなすこともあるという。。
 
本作のストーリーの大筋は、ココの取引のために戦場を転々としながら心をひらいていくヨナと、「世界平和」のために「ヨルムンガンド計画」を企むココ、という2つの主人公の目線を中心として展開されていく。この大筋に、ココの部下たち、ヨナの同僚たちのエピソードが絡むかたちで物語は進んでいく。
 
タイトルにもある「ヨルムンガンド」は、北欧神話に登場する大蛇のこと。神話では、ヨルムンガンドは神々の脅威として海に捨てられ、巨大な姿に成長したとされる。この海に潜む巨大な怪物というモチーフは、「ヨナ書」に登場する「巨大な魚」と共通するといえるだろう。
余談だが、このヨナを飲み込んだ「巨大な魚」はレヴァイアサン(レヴィアタン)とも呼ばれ、竜のイメージで捉えられることも多い。今回はあまり立ち入らないが、海に潜む巨大な怪物としての竜は、大地に根ざし人が治める国家に対立する海賊的なものの象徴ともされ、これはこれで考察に値する。
 
ヨナ書の舞台になるのは、古代中近東においてユダヤ人を侵略したアッシリアの首都ニネベ。ヨナは神から「ニネベに赴いて改宗するように伝えなさい、さもなければニネベを滅ぼす」と告げられる。
敬虔なユダヤ教徒であるヨナは、ユダヤの敵アッシリアなど滅びてしまえばいいと思い、神から逃げてしまおうとする(『ヨルムンガンド』でも、神に等しい力を得たココから、ヨナが逃げ出すシーンがある)。
「ヨナ書」では、ヨナは神から逃れるために舟に乗り込むが、嵐に遭遇し、生贄として海に投げ捨てられる。「巨大な魚」はここで登場し、ヨナを飲み込む。
神はこの「魚」からヨナを救う。ヨナはニネベに趣き、この異国の都を改宗させることに成功し、ニネベは破滅を免れた。めでたしめでたし。
しかし本当は「ヨナ書」にはまだ続きがある。
ヨナは神が敵国ニネベを赦したことが納得できない。ここで神とヨナとの「正義」を巡る問答があり、これが本当の「ヨナ書」の見所である。
万能の力を持つ神と、その神に翻弄される独善的で力無いヨナの対比。
 
当記事の冒頭で言及したロード・オブ・ウォーでも、(ネタバレになるので詳細は書けないが)最終的には個々人の倫理観の矮小さや無力さが強調されるという筋書きだった。『ヨルムンガンド』も(これもネタバレになるので詳細は書かないが)神のような力を得たココと、その協力者たちの天才的な発明によって世界平和がもたらされるとされる。『ヨルムンガンド』のヨナはそれを受け入れることができず逃亡するのだ。
ココの「ヨルムンガンド計画」は、ほとんどテロリズムのような方法で世界平和を実現しようとするもので、ココの個性的なキャラクターから伊藤計劃ハーモニーを思い出させる。伊藤計劃といえば、生前、『ロード・オブ・ウォー』についてブログでレビューを書いており、今でもネットでそれが読める(こちらを参照→いくさの王 – 伊藤計劃:第弐位相)。
ここで伊藤計劃は「個性」について語っている。『ハーモニー』ではその「個性」を死滅させることが重要なテーマだったことを考えると、興味深い符合だといえるだろう。
ハーモニー
 
なお、北欧神話に登場する大蛇ヨルムンガンドは、あまりにも巨大に成長したために世界をぐるっと一周してみずからの尾を口に咥えることが出来たという。
この「自らの尾を咥える蛇」はウロボロスと呼ばれ、「死と再生」、「循環性」を象徴しているといわれる。このウロボロスは、北欧神話だけではなくヒンドゥー教や南米のアステカ神話にも登場する。有名なウロボロスは、ミヒャエル・エンデはてしない物語に登場する宝物「アウリン」だろう。明暗二匹の蛇が相手の尾を咥えている紋章が描かれている。これは、メタフィクション的な構造を持つこの物語の循環性を象徴していると思われる。
心理学者ユングが唱えた理論で「ウロボロス」は、集合的無意識の構成要素である「元型」のひとつに数えられ、このイメージと葛藤しながら人は自己を確立するとされる。
 
『ヨルムンガンド』にはどのようなウロボロス性があるだろうか。それは、戦争を憎みながらも、武器商や兵士として残酷な運命に翻弄されてしまう、ココやヨナの優しいけれど激しく矛盾を含んだ思考と行動だろう。人を殺したくないと思えば思うほど、ココもヨナも人を殺さなくてはならない。
そこには逆らうことのできない残酷な神によって定められた運命のようなものがあり、矮小な優しさや正義ではとても太刀打ちできないようにも思える。『ヨルムンガンド』は、「ヨナ書」やウロボロスのイメージを浮かび上がらせながら、つい冷笑的になってしまいそうな筋書きのなかで、運命と人為の相克を描いているのだ。
 
ちなみに、本作のアニメ化を手掛けるプロダクション「WHITE FOX」が以前にアニメ化した『STEINS;GATE』の小説版のタイトルは円環連鎖のウロボロス
さすがにこれ以上、深読みを続けても不毛なので今回はここまでにしておく。なおゲーム版の『STEINS;GATE』は素晴らしい傑作なので未体験の読者は是非挑戦してみて欲しい。
円環連鎖のウロボロス
 
 
【関連ページ】

Arms Trade

世界の武器輸出入のデータを可視化したサイト。
デザインの洗練が尋常ではありません。
 

少女を性奴隷、少年を戦闘兵に、ソーシャルで告発する「KONY 2012」とは?


現時点で八千九百万回以上もYouTubeで再生されている動画。
(日本語字幕版はこちら→http://www.youtube.com/watch?v=m001LUsXUKU
この動画は、アフリカのとある武装勢力を率いる自称霊能者ジョゼフ・コニーを告発しているのだが、告発の背後に別勢力(石油産業など)の暗躍なども噂されており、結局いまだに真実は闇の中です。
※こちらも併せてどうぞ。
世界を席巻するキャンペーン動画「KONY 2012」に異議アリ!? « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム
目前で「KONY 2012」設立者が全裸自慰行為を行うピー音まみれ新ムービー公開中、なぜこんなことになったのか? – GIGAZINE
 

『ガンブラッドデイズ』広江礼威氏のキャラクターデザイン公開 Sgame(エスゲーム)

今年夏にサービス開始のゲームに、『ブラックラグーン』の広江礼威氏がキャラクターデザインで参加。
なおこのゲームのデザイナーは下記の『マージナル・オペレーション』の著者でもある芝村裕吏氏。
ゲーム製作は「怒首領蜂」や「虫姫さま」を手掛けたケイブということもあり、期待が高まる。
 

ファルージャで傭兵取材したときのことを書く – まめ速

2chまとめサイト「まめ速」より。
イラクの戦闘地域の民間軍事会社ブラックウォーター社の社員(傭兵)にインタビュー取材してきた人が当時を振り返る内容。
とてもナマナマしい。
 
【関連書籍】

カラシニコフ銃 AK47の歴史

カラシニコフ銃 AK47の歴史
なお武器商人を描いたものではありませんが、「核兵器よりも多く人を殺している武器」といわれる自動小銃AK47は『ロード・オブ・ウォー』にも登場。
本書は、「武器」がどのように生まれ、どのように流通し、そして世界中でどのように使われているのかを手軽に知ることのできる良書です。
AK47はアフリカのモザンビークでは国旗に描かれ、自由の象徴にもなっています。
 

マージナル・オペレーション 01 (星海社FICTIONS)

マージナル・オペレーション 01 (星海社FICTIONS)
未読だが、民間軍事会社で働く事になった30歳の元ニートと少年兵を主役に描かれる小説とのこと。
民間軍事会社(いわゆるPMSCs)は、『ヨルムンガンド』でも主要なモチーフのひとつになっている。なお、伊藤計劃はもうひとつの代表作虐殺器官で少年兵と主人公との過酷な対面のシーンを描いていますが、民間軍事会社も活躍させています。
なお、本作の著者は人気ゲーム『ガンパレードマーチ』シリーズのゲームデザイナー芝村裕吏氏。
 
 
 

 
 
 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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