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アップル社の成功は音楽をどう変えたのか。音楽言論誌アルテス第2号

これから生まれてくる子供たちにとっては、完全に過去のものとなる風景がある。うずたかく積み上げられるレコードやCDの山だ。音楽好きならば必ず持て余すほどの音源を抱えていた時代は終わる。これからの音楽好きは自宅ではストリーミング再生やダウンロードした音源を聞く。この変化は音響のデジタル化にともなってゆっくりと進行してきたが、アップルのiPodとiPhoneの成功によって、急速に決定的なものにされた。

 

いまもっとも注目されている音楽系出版社、アルテスパブリッシングが発行する音楽言論誌「アルテス」の創刊第2号は今回の特集「アップルと音楽」でこの状況に正面から向き合う。

 


 

特集冒頭には、音楽ジャーナリスト兼音楽プロデューサーの高橋健太郎氏による「クラウドの神殿に救世主は宿るか?」というエッセイ。物置二棟分のレコードやCDを所持しているという高橋氏自身の印象とともに、ナップスター、Youtubeそしてアップルのサービスの変遷が簡潔に語られる。生身の人間としてはほぼ限界に迫る物量の「モノとしての音楽」を抱える高橋氏の実感が、旧式の音楽ファンとしてそれなりの量のレコードやCDを持っている人には我が事のように感じられる。具体的なデータが挙げられているので、その状況にまったく感情移入できない読者にとっても旧世代を理解する助けになるのではないだろうか。
高橋氏の文章が興味深いのは、それが単なる旧世代の哀情の吐露ではなく、クラウドを介した音楽体験によって、今まで気付きにくかった「音楽体験一般」の性格が明らかになっていると指摘していることだろう。どういうことか。
 
普通「音楽体験」というと、人は空気中に鳴り響いている「音響」を楽しむことだと考える。しかしもしそうだとすると、例えば音楽ファンが自分の一生かけても聴き終えることのできない量の音源を買い漁り貯め込むという行動は、まったくの意味不明となる。高橋氏の文章が気付かせてくれるのは、この音楽をモノとして「所有する」ということも音楽体験の一部なのではないか、ということだ。

 
 

続く有馬純寿氏とヲノサトル氏の対談はかなり上級者向け。現代音楽系の電子音楽を語らせたら右に出る者なしの2人は、実はともにMac歴20年。ハードとソフトの両面から電子音楽と作曲の歴史について、自らの経験や感想を想起しながら語っている。
「コンピューターに対するイメージの変化と同様に、コンピューター音楽のイメージもすごく変わってきている」「ツールとしてのコンピューターが普及したことによって、音楽もまたツール化した」という発言にはなるほどと思わされた。
また一音一音を打ち込んでいく文字通りの「打ち込み」やアルゴリズミックコンポジションなどのようなコンピュータならではの作曲方法と、マルチトラックレコーダーを模したものを比較しながらの考察などは、インターフェース論としてとても面白い。対談中でも触れられているが、ヴィジュアルデザインにおいても同様の変遷が起きていたと言えるからだ。ある程度の電子音楽・コンピューター音楽の知識がある人であれば、他分野を専門とする人が読んでも楽しめるだろう。
なお、初期の電子音楽を聴きながら2人が「最近のエレクトロニカとかチップチューンに似てる」と語っているのも面白い。私見では、昨今のDAW環境の飛躍的な発展と普及に伴う電子音楽・コンピュータ音楽の注目の高まりによって初期の音源が再評価を受け、現在の流行に影響を与えているのではないかと思う(これもヴィジュアルデザインの領域で同様のことが起きているのではないだろうか)。
 
また電子音楽・コンピューター音楽のライブで一番盛り上がるプログラムエラーや機材トラブルについて、ヴェテランの2人が話題を向けているのも重要なポイントだろう。一見したところ完全なブラックボックスである演奏の実態が、事故的な現象によって露呈するのが面白い、というのだ。
「コンピューター音楽の演奏はDJに近い」という見解について、この2人が口を揃えているところも興味深い。

 
 

3番手は音楽未来形 衛士たる時代の音楽文化のゆくえの著者でもある谷口文和氏による「音楽家はMacを選ぶ?」。コンピューター音楽や電子音楽、そしてDJやクラブカルチャーにも詳しい谷口氏の論考ということで注目した。
上記の有馬×ヲノ対談が「現代音楽系のコンピューター音楽の歴史」を主軸にしたものだったのに対し、こちらはより一般的な層がどのようにPCで音楽をしてきたかを追うものになっている。有馬×ヲノ対談が難解に思えた読者も、こちらは比較的簡単に読めるのではないだろうか。そして、有馬×ヲノ対談を楽しく読める読者にとっては、有馬氏たちが話題にしなかった一般層の動向を知ることで、より幅広い視野を得ることができるという意味で重要な内容になっているだろう。

 
 

4番目の八田真行氏「手入れの行き届いた庭で育つ文化とは?」は、冒頭の高橋氏の文章と合わせて読むと面白い。「壁で囲われた庭」に例えられるアップル社の方針と、「荒野」に例えられるインターネット全体の雰囲気とを対比した上で、アップル社の提供するクラウドサービスを分析する論考だ。

 
 

IAMAS教授でiOSの教科書の共著者でもありARアプリ「セカイカメラ」の技術責任者でもある赤松正行氏と、かつてEP-4という伝説的バンドで活躍していた経歴がある音楽家の佐藤薫氏のメール対談も刺激的だ。iPhoneを発表直後に入手して即アプリを開発したという話や、元クラフトワークのメンバーからのメールがきっかけでアプリが生まれる話などは、赤松氏ならではのものだろう。
開発者と音楽家の対談ということで、双方からみたiPhoneの演奏性をめぐるやり取りを読むことができる。メディア論を研究し、実際に開発でメディア環境に介入している赤松氏が「アプリを開発し、それが多くの人にダウンロードされ多数のヴァリエーションが生まれる、そうして生まれた多数のアプリが別の何かを生み出す」というステップを開発の最初の時点で考えているというのが面白かった。
メディア環境によって大量のヴァリエーションが生じることで批評的な行為が困難になっている状況を論じた井手口彰典同人音楽とその周辺と近い問題意識がありながら、開発者と観察者という異なるスタンスから、両者はまったく違う議論になっている。

 
 

特集の末尾はおおしまゆたか氏による「iTunesがリスニングを変えた!」。iTunesによって従来の音楽の聞かれ方がどのように変わったかを分析した文章だ。

 
 

本特集の各記事は互いに補い合うように構成されている。「音楽言論誌」を掲げる「アルテス」ならではの緊密さ。聴取・制作・流通といった複数の層に跨がる最新の議論を一挙に読めるので、音楽ファンには是非薦めたい一冊だ。

 
 

特集ページには含まれていないが、音楽研究者の安田寛氏による「発見が発見でなくなる時代 音楽研究はいまやGoogleが仕掛けた検索ゲームになった」も今回の特集と併せて読みたい。Googleの登場によって音楽研究がどのように変わるのかを論じたものだ。自身が6年の歳月を費やした研究が、Googleブックスで見つかってしまったときの衝撃と落胆から始まるエッセイ。

 
 

特集で有馬氏は、評論家としても活躍するDJスプーキーに対談末尾で言及していた。そのDJスプーキーが提唱していた「イルビエント」という謎のジャンルがある。そのイルビエントにも詳しい金子智太郎氏による『ノイズに埋もれて(原題:Buried in Nose)』の書評は完全にマニア向けだが興味深い。
アメリカのサウンドアーティストであるポール・デマリニスの1970年代から続くキャリアを総括したのが本書。デマリニスは「CDを読み取るためのレーザー光線を針の代わりに使ってレコードを再生する」ような、様々な装置を異種交配させるスタイルの作家だ。
書籍に付された論集では、たとえば19世紀初頭に電線を人間に繋いで電気ショックで叫ぶ声をコミュニケーションに使おうとした構想に着想を得たデマリニスの作品「ザ・メッセンジャー」が、ネットワークの歴史の「暗がり」を表現したとして評価されている。特集との比較しながら、コンピューター登場以前の地平から読み直すことができるだろう。

なお、コンピュータ以前のネットワークについては最近ヴィクトリア朝時代のインターネットが話題になった。併読すると面白いだろう。

 
 

今号から連載が始まった「倍音と幽霊 ハリー・スミスのアメリカ」も見逃せない。文化系のためのヒップホップ入門の共著者であり、アメリカ音楽史の著者でもある大和田俊之氏による連載だ。
1960年代前半にフォーク・ミュージックをまとめたコンピレーションアルバム『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』をリリースしたハリー・スミスという男。このアンソロジーはタイトルはオーソドックスなものだが、内容はルドルフ・シュタイナーやアレイスター・クロウリーなどの引用に彩られた異様なものだった。この連載はその謎を追うため、今回はまずスミスの生涯から紹介していく。
28歳の時にマルセル・デュシャンに会うためにオレゴン州からニューヨークに移住したスミスは、やがて伝説的カルト映画『チャパクァ』の撮影アシスタントをしながら麻薬物質を含むペヨーテを使った儀式のレコーディングを行ったり、アレン・ギンズバーグのポエトリー・リーディングの録音なども手掛けるようになる。
このようにしてアメリカのアートシーンに関わっていたスミスは、『アンソロジー~』の業績を讃えられ1991年のグラミー賞で理事長賞を受けることになる。その際に行ったスピーチで「私は、音楽を通してアメリカが変化するのを見届けた」と語った。ここでスミスが言う「アメリカ」とは、そしてその「変化」とは何だったのか。連載の続きが待ち遠しい。

 
 

目次
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[特集]
アップルと音楽 Apple×Music
01 Apple × Recordings
高橋健太郎|クラウドの神殿に救世主は宿るか?
02 Apple × Composing
有馬純寿×ヲノサトル|「音楽の民主化」は作曲をどう変えたのか
03 Apple × Musicians
谷口文和|音楽家はMacを選ぶ?──パソコン・ユーザーとしての音楽家をめぐって
04 Apple × Internet
八田真行|手入れの行き届いた庭で育つ文化とは?
05 iOS × Music
赤松正行×佐藤薫|iPhoneアプリが奏でる音楽の未来
06 Apple × Listening
おおしまゆたか|iTunesがリスニングを変えた!──新たな創造性と共有の世界へ

[特別対談]
爆音で楽しむモーツァルト
渋谷慶一郎×湯山玲子

[連載]
波多野睦美|うたうからだ [1]【New!】
大和田俊之|倍音と幽霊──ハリー・スミスのアメリカ[1]【New!】
輪島裕介|カタコト歌謡の近代[2]二世歌手とニセ二世
川崎弘二|武満徹の電子音楽[2]ミュジック・コンクレートへの着手
石田昌隆|音のある遠景[2]
小野幸恵|和の変容[1]「三番叟」から「ボレロ」へ【New!】
[Re: music…〈音楽へ──〉]
藍川由美|谷川雁を読む[1]「十四歳」「傘もなく」【New!】
大石始|まつりの島[2]下町に鳴り続ける不死のリズム──錦糸町河内音頭大盆踊り
濱田芳通|歌の心を究むべし[2]ミューズとの交信、あるいはシャロン・ストーンとの妄想デートについて
おおしまゆたか|アラブ、アイルランド、アメリカをめぐる音楽の旅(中)音源編
鈴木治行|イマジナリア[2]イメージと音の危うい関係──「語りもの」の実践
ト田隆嗣|suara, macam2 音声、いろいろ[2]マハカムで交ざるマゼール
[クロニクル]
毛利嘉孝|スケッチ・オブ・下北沢[2]
[フィクション]
山崎春美|ロッカウェイビーチ[2]
Onnyk|ゴースト[下]
[エッセイ]
安田寛|発見が発見でなくなる時代──音楽研究とGoogle
潮博恵|ベイ・エリアからの挑戦──ティルソン・トーマスとサンフランシスコ響
[レポート]
谷口昭弘|音楽学者の頭の中 日本音楽学会全国大会レポート
[著者エッセイ]
サラーム海上|トルコの地酒ラクにやみつき─中東アルコール事情
菅付雅信|編集者に「なる」ということ
[書評]
金子智太郎|Paul DeMarinis,“Buried in Noise”
[研究]
李京粉|日本のユン・イサン──“東アジアの作曲家”としてのユン・イサン(下)
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【関連ページ】

CBCNET : TOPIC ≫ “Sound Art. Sound as a Medium of Art” 『サウンドアート. 芸術の方法としての音』

ドイツのカールスルーエで行われているサウンドアートの総覧的プロジェクトのレポート。
金子氏が取り上げた本のポール・デマリニスの作品「rain dance」の写真も。
 
 

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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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