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ヒトラー誕生日会の鉤十字ケーキは美味かった?『ケーキの歴史物語』

「ケーキとは何か」。この問題について真面目に考えたことのある人とは、美味しいティータイムを過ごせそうだ。この問いは、自明なようでいて非常に難しい。ケーキ屋に足を運んで、ショーケースに並べられたケーキを目の前にして、それが「ケーキである」ことはわかるのだが、「どうしてそれをケーキと呼べるのか」自信をもって語ることはできない。
 
「ケーキとは概念なのだ」と断言する著者による新刊ケーキの歴史物語は、このケーキという概念の歴史を辿る。しかしこの歴史、紆余曲折奇々怪々で単線的に追うのが難しい。たとえば日本語ではケーキとして一括りにされることの多い英語「ケーキ」と仏語「ガトー」、そして独語「タルト」、この3つの単語が指すものはそれぞれ異なっているらしい。
また本書によれば、ケーキの概念は古代史まで遡ることができるが、現代的なケーキ概念の直接的なルーツはある種の高価な特製パンだったとのこと。20世紀末のイギリスでは、ケーキとビスケットの定義をめぐって政府と製菓会社が裁判沙汰を起こすことがあったが、歴史的にはパンとケーキの区別がなかなか複雑だったようだ。
 

 
話題は、英仏独といったヨーロッパの大国のみに留まらない。オランダやスカンジナビア諸国、そして彼らが移住した新大陸アメリカでのケーキ文化にまで及ぶ。
第二章「世界のケーキ」の冒頭には、フランス実存主義の哲学者・文学者サルトルの言葉が引用されている。
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ケーキは人間だ、顔に似ている。スペインのケーキはもったいぶった苦行者めいた感じで、かじるとぼろぼろ崩れる。ギリシヤのケーキは油っぽい小型のオイルランプ。口にすると油がしみ出す。ドイツのケーキはシェービングクリームのように大きくて柔らかい。誘惑にかられやすい太った男たちが、味わいもせずただ口を甘さで満たすため、気ままに食べられるように作ってある。だがイタリアのケーキは冷酷なまでに完璧だった。
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アフリカやラテンアメリカのケーキ文化などについても触れられている。
 
第四章の「ケーキと儀式、その象徴性」では、英米日三国のクリスマスケーキの違いを比較しているのが面白い。
本書には、ヒトラーの誕生祝賀会のために作られたという巨大なハーケンクロイツの描かれたケーキや、ビキニ環礁の核実験成功を祝うケーキの写真などが掲載されており、眼を引く。この章でとりあげられるウェディングケーキの写真は圧巻だ。
 
第五章「文学とケーキ」は、文学好きには堪らない。マドレーヌで知られるプルースト『失われた時を求めて』に始まり、『ボヴァリー婦人』『不思議の国のアリス』などに登場するケーキとその背景が分析されている。ここだけ読んでも楽しい文芸評論として成立している。
 
果ては、思想家ボードリヤールの言葉を引用して「ケーキのポストモダン」を語り出す。これはさすがに悪ノリだと思ったが、しかしボードリヤールとケーキとはたしかに相性がいい。イメージ消費の観点から、あらためてケーキ文化を分析し直すのも有意義だろう。
 
なお、巻末には興味深いレシピ集が付されている。「信じられないほどぜいたくな味がする」という、ラテンアメリカの「トレス・レチェ・ケーキ」にはいつか挑戦してみたい。
 
目次
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序章 特別な日を飾るケーキ
ケーキとは不思議なもの
ケーキとは何だろう
ケーキと裁判
 
第一章 歴史とケーキ
最初のケーキ
近代以前のケーキ
現代ケーキのルーツ パン
ケーキとパンの「奇妙」な歴史
パン以外の系列のケーキ ボリッジ、プディング、パンケーキ
卵白の発見
輪型、オーブン、そして大量の卵
ふわふわのケーキ、誕生
砂糖とアイシング
 
第二章 世界のケーキ
フランスケーキの誕生
カレームとソイヤーの超絶ケーキ
フランスケーキの神髄
オーストリア=ハンガリーのケーキ
ヨーロッパ各地のケーキ
世界のケーキ
名作ケーキの誕生
ザッハートルテと法廷闘争
ケーキと文学
ケーキと名前
 
第三章 家庭で作るケーキの文化
ホームベーキングという理想 エリザベス朝時代
フランスのケーキとイギリスのケーキはなぜ違うのか
イギリスのケーキ
フランスのケーキ
アメリカのケーキと開拓者魂 「大草原の小さな家」
ケーキミックスの成功
 
第四章 ケーキと儀式、その象徴性
なぜケーキは丸いのか?
季節と祭り 儀式と祝宴
酔いどれ騒ぎから静けさへ
ケーキと風刺 ヴィクトリア朝時代
クリスマスケーキの登場
ウェディングケーキ その1 この不思議なもの
ウェディングケーキ その2 大きく!高く!
ウェディングケーキ その3 つまりこれは何か?
ウェディングケーキ その4 ところ変われば
 
第五章 文学とケーキ
プルースト『失われた時を求めて」
ディケンズ『大いなる遺産』
「食べるケーキ」と「食べないケーキ」
悦びと快楽
フローベール『ボヴァリー夫人』
ジェイン・オースティン『エマ』
キャスケル『女だけの町』
ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』
マンスフィールド『園遊会』
モンゴメリ『赤毛のアン』『アンの幸福』
ウェルティ『デルタの結婚式』
 
第六章 ポストモダンのケーキ
カップケーキ その1 マーサ・スチュワート
カップケーキ その2 マグノリア・ベーカリー
カップケーキ その3 ナイジェラ・ローソン
ケーキの未来
 
謝辞/訳者あとがき/写真ならびに図版への謝辞
参考文献
レシピ集

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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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