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書店の内がわ 老舗のDNA-東京堂書店 店員さんインタビュー

 
「知る人ぞ知る名店」というものはどの業界にもあるものですが、書店の世界では神田神保町にある「東京堂書店」がまさにその名店。19世紀末から120年以上もの歴史を持つ老舗です。多くの著名な読書家たちに愛され、「良い本を読みたいなら東京堂書店へ」と語り継がれてきました。僕もある美術批評家が実際にそう話しているのを聞いたことがあります。
その老舗の名店が、いま大規模なリニューアルをおこなっています。「人・モノ・場所」に注目して、リニューアルで新しくなるものは何か、リニューアルでも変わらないものは何かを3回の連載で追ってみたいと思います。題して「書店の内がわ – 老舗のDNA」。
 

第一回目となる今回は、「人」にフォーカス。
「本が好き!」レビュアーのchibizo0204 さんにご協力いただき、東京堂書店・神田神保町店店長の深谷さん、別館的位置付けの「ふくろう店」フロア長の佐瀬さん、そして芸術書・人文社会思想系書籍・理工書を担当する畠中さんにインタビューしてきました。
※「フロア長」は各階・フクロウ店のそれぞれの担当者を指す、東京堂書店の独特の用語。
※当記事で使用している店内風景の画像はすべて、リニューアル前に撮影されたものです。
 
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神保町といえば「本」や「書店」の聖地。絶版になっている古書やマニアックな新刊本を探しに神保町に足を運んだことがある人は多いはずである。そんな聖地に120年以上の歴史を持つ書店がある。
「東京堂書店」だ。
すずらん通りに面した、どちらかといえば地味めな書店だが「本好き」なら知らない人はいない名店である。この書店には、他店とは一味も二味も違う平台が待っている。東京堂の平台はまるで言葉を発しない書店員のように心に話しかけてくる。本好きならばどのフロアを歩いても「読みたい!」と思える本に出会え、目的の本のそばには「こんな本もあるのか」と唸らせる本がさりげなく置かれている。そんな東京堂の空間を作り出している3名に話を聞いてみた(敬称略)。
 

 
-まず皆さんの東京堂書店でのお立場を教えてください。
佐瀬:入社して18年で、現在はふくろう店のフロア長をしています。
深谷:神田神保町店の店長で、入社してからは35年になります(笑)
畠中:リニューアル前は、芸術・理工・哲学・歴史・宗教がある3階のフロア長でした。
 
-最初から少し突っ込んだ質問ですが、「なぜ書店で働こうと思ったのか?」そして「どうして東京堂を選んだのか?」を教えていただけますか?
佐瀬:元々、本もそうですが、それ以上に書店というか本屋さんが好きだったんですね。一方で、大学を卒業し就職して本当に社会人としてやっていけるかちょっと自信が無かったんですよ。だから、まず「好きなこと」を仕事にしたら何とか続けられるのではないか、という視点で、それこそ書店だけではなく、印刷会社や出版社など広い範囲で就職活動をしていました。幸いにも東京堂で採用が決まり、当時は好きな「書店」で働くことができる、という印象だったのですが、高校時代の恩師の先生は「東京堂出版の本屋かあ、よくやった!」と大喜びだったことを覚えています(笑)。
 

 
-深谷店長は?
深谷:実は期待している内容と違ってちょっと話しにくいんですよねえ。
-そう言われると逆に聞きたくなりますね。
深谷:当時、1名欠員ができて、東京堂が人材を募集していたんですよ。書店ではアルバイトもしたことがあるし、本は好きだし、といった実は単純な理由から応募したところ、アルバイト経験があるから即戦力があると見込まれたのか採用が決まったんですよ。
 
-何かお二人の話を聞いていると、それこそ「たまたま」でなんか話が終わっちゃいそうな感じですが、畠中さんはどうだったのでしょう(と、ちょっと心配そうに聞いてみた)?
畠中:はい、私は二人と違って学校を卒業してから洋書販売店に勤めて、その後、地方の出版社や小さい出版社が発行した出版物を取り扱う会社に19年勤めていました。その会社はここ神保町にお店を出していたのですけど、そのお店が無くなるという時に前店長から声をかけてもらって東京堂で働くことになりました。元々、東京堂は好きな書店だったので本当にありがたいお話でした。「なぜ書店で働くことになったのか」という部分を答えると、文学部出身ということもあり、本に携わった仕事ができれば・・・ということと、学生の当時だと本にまつわる仕事って書店か編集者しか思い浮かばなくて、それで書店を選んだ感じですね。
 
-畠中さんは外から東京堂に来られたということなので、「東京堂の良さ」や「東京堂らしさ」を客観的に見ることができるかと思いますが、どのあたりが「良さ」や「らしさ」なのでしょうか。
畠中:いい意味で「おっとり」した感じですね。通常、書店ってお客様が思っているよりも仕事の範囲や量が多く、どこかガサガサした世界なんですよね。そんな場所でもあるので、お客様が話しかけにくい部分があると思います。それが東京堂だと「逆に話しかけてください」という雰囲気で、本当に穏やかで静かな時間が流れている場所という感じ。外から見ていても好きな場所でしたね。それから各専門書が並んでいることも特徴かも知れません。ひとまわりすると必ず欲しい本に出会える場所、そうありたいと思っております。
 
 

 
三人に共通するのは、まるでホテルのコンシェルジュのように「聞き上手」なところ。そうか、東京堂のスタッフの方々は自ら積極的に発信するのではなく、聞かれれば的確な答えを用意してくれる。東京堂は、そんな人たちで運営されているから心地よい空間になっているのかも知れない。
次は売場で気付いたいくつかの疑問をぶつけてみよう。
 

 
-少し売場のことで聞かせてください。東京堂さんの平台はユニークというか、他のお店で並んでいないような作品も普通に平台に並んでいたり、常にきれいな状態で平台が構成されていたりと非常に手に取りやすい状態になっていますよね?そういった「東京堂らしさ」を中で働いている人はどう受け止めて、どう伝えていこうと思っているのでしょうか。
深谷:よく皆さんに聞かれるんですよね。でも正直に答えて別に特別なことは何もしていないですよ。特に何かを意識して何かをしているわけではなく、平台の構成なんかも先輩たちがやってきたことをできるだけ変えずに踏襲しているだけ。ですから、外の方からは「(東京堂)らしさ」とか「(良い)品揃えや接客」とか言っていただきますが、中で仕事をしている者として当たり前のことをやっているだけのつもりでいます。
-ふくろう店の方はどうなのでしょうか。
佐瀬:ふくろう店は逆に「何でもやってみよう」というスタンスに立っています。いろいろ試せる環境です。
 
-なるほど。ところで平台はいつもきちんと整っているのですが、一日にどれぐらい平台の直しや補充をしているのでしょうか。
深谷:一日何回というよりも、一日中やっていますね。本に触れていることで分かることがいっぱいあるんですよ。当然ながら、スリップを見ながら売れた本を把握するということもありますが、それよりも平台を直していればどれが売れたのかは直ぐ分かりますし、お客様に直接本のお問い合わせを受けることも多くなります。そんなやり取りの積み重ねから、「この本の近くにこの本を置いた方が一緒に見てくれるのではないか」というアイデアが生まれ、そう思ったらまずやってみますね。そしてその結果がどうなったのかは自分自身が一番分かるわけですから。
 
-興味深いお話ですね。売場や本に触れながら「あるべき姿」というか、適切な解を日々見つけているのですね。関連する部分ですが、接客というのは必ずしも言葉のキャッチボールとは限らないと思っています。例えば、本のカバーの仕方とか、レジで精算した後に本を渡す仕草に、その人の人柄というか、本に対する考え方が如実に出ると感じています。そんな視点で東京堂さんのスタッフの方を見るとアルバイトらしき人でも「ああ、本が好きなんだなあ」とか「すごく丁寧に本を扱っているなあ」と感心することが多いのですが、どうやってそれを伝えているのでしょうか。
深谷:(ここ最近は)カバーや接客に関してはそれこそ接客教育担当の社員がまるまる一週間付きっきりで、手取り足取り伝授しています。古い時代だと、前店長はそれこそ戦前からの先輩方にみっちりとたたき込まれたと聞いています。
畠中:最初、あのカバー掛けはなかなかうまくできなくて苦労しました(笑)
佐瀬:でもこのカバーの掛け方だけは譲れないんです。
畠中:分かります。苦労したけどあのカバーの掛け方を習得できて良かったです(笑)やっぱり最初は難しいと思いますよ。
深谷:でもアルバイトの方でも一週間みっちりやるとしっかりできるようになりますね。ほとんど慣れですから。
-カバーは最近の書店さんと比べるとちょっと厚めの紙を使っていらっしゃいますよね。
全員:そうですね。所謂、中厚と呼ばれる種類の紙を使っています。
 
-カバーは数をこなせばある程度できるようになるのは分かるのですが、平台の並べ方はどうやって伝えているのですか。
深谷:正直、こればかりは手取り足取り一緒にやるしかないですね。私も自分で並べたものを先輩に変えられて、なぜそうしたのかを聞きながら理解できるようになったので、時間はかかりますがそうやって一つ一つ教えていくしかないと思っています。
 
 

 
接客はマニュアル化して画一的に、仕事は効率主義が世の中の本流だとすれば、ここには真逆な文化が根付いている気がする。きっと書店である前に「接客業」である前提なのだろう。一日中、平台や棚を直していれば、レジの中ではなくお客さんと一緒の現場(売場)に多くの時間を割くわけなので、当然ながら会話も増え、自然とお客さんのニーズもキャッチできる。大手の書店のようなPOSデータに頼った品揃えとは一線を画している。
考えてみれば書店を「接客業」と捉えた場合、飲食店やブティックなどのように声を掛けるようなものではない。しかし、できる限り売場にいる時間を長くすれば声を掛けられるチャンスは増え、結果的に接客チャンスは多くなる。それ以上に平台をどう構成するか工夫することで「言葉を発しない書店員」を作り出しているのかも知れない。こんな地味な仕事の積み重ねの結果が、多くの「本好き」をして「東京堂は違う」と言わしめる所以なのかも知れない。
 
こんな東京堂で働く人たちはどうやって情報収集しているのだろうか。バックヤードには朝日、読売、毎日、日経の四紙の書評欄の原寸コピーが貼られている。取材の時にも、馴染みのお客さんらしき人が「タイトルも著者名も分からないが、いついつ頃の朝日新聞に出ていた本で・・・」と尋ねていて、「これですかね」とあっさり案内している姿に遭遇した。タイトルも著者名も分からなければ検索機もその威力を発揮できない。しかし、ここではコンピュータ以上のことをいともたやすく対応してしまう。
 

 
-「東京堂さんの品揃えは素晴らしい」という評判はよく聞きますし、私自身もそう思っているのですが、商品の情報収集はどのようにしていらっしゃるのでしょうか。
深谷:これも特別なことは何もないのですが、強いて言えば、昔から作家さんと直接交流があるので生の声を聞けることはあると思います。それと先ほども申し上げた通り、特別なことをしているわけではなく、普段の生活の中で特にお客様からの問い合わせに対応するのはもちろんのこと、そこから膨らましてどういったものが求められているのかを考えることは自然にしていますね。これも最初は先輩社員の方に教えてもらったことですが。
それからエピソード的なものとして、古い話になりますが、私が入社して一週間目ぐらいの月曜日の朝、先輩に鈴木書店という中取次に連れて行かれたんですよ。前の週末に売れた本を一日でも早く補充するために先輩たちは棚からどんどん本を抜いていくわけです。その時に「神棚」と呼ばれる棚があって、今日発売の新刊がずらりと並んでいた。先輩から「あそこをよく見ておけよ」と言われたことをよく覚えています。つまり、本の補充のために行っていながら、同時に情報収集もしていたんですね。今とは世の中の状況が違いますが、「いつでも感度のアンテナを立てておけ」ということでは、尊敬する先輩たちに直接教えてもらったという思いもあります。私はそんな先輩たちに直接教えてもらってラッキーでしたね。
 
-リニューアル前の3階のフロアは理工、哲学、宗教というどちらかと言えば堅い専門分野からサブカルチャーまで取り扱っていて、それらの情報収集は非常に大変だと思うのですが、そのあたりはどのようにされているのでしょうか。
畠中:スタッフにそれぞれの分野で優秀なものがいます。彼らは研究者でもあり、そのスタッフの友人網や展覧会など他のイベントから得られる情報を参考にしたりしています。それよりも、私たちの中では「お客様の方が本を知っている」というスタンスで、お問い合わせいただいたことで知らないことは素直に「それはどういうものですか」と尋ねて、それを私たちの中でお互いに共有しながら最終的に仕入れるかどうかを判断したりしています。最近のことであれば、本の目利きになっているような方のブログやTwitterをチェックすることも同時にしていますね。
 
-最後に皆さんが考える書店のあり方や価値について聞かせてください。
佐瀬:やっぱり「楽しい」とか「買いたい」って思う瞬間を大事にしたいと思っています。だから他店で同じような気持ちになった時にはその場で買ってしまうし、あえて表紙を覚えて自分のお店で買うようなことはしないですね。そういう瞬間を提供できるようにしていきたいし、それを追求したいという気持ちで日々仕事をしています。
深谷:一言で言えば、「リアル」へのこだわりでしょうか。視覚であったり、手に取った時の感触であったり、そう「手触り感」とでも言いましょうか。その手触り感というリアルな「出会い」を提供できる「場」であるし、それを提供していきたいですね。
畠中:書店の仕事は「本という作品を手渡すこと」だと思っているんですよ。だから、お問い合わせいただいたにも関わらず、在庫がないということでその仕事を全うできないことは非常に残念なことだと思います。だからこそお客様が求めているものを知ることは大事なんですよね。またお客様にとって書店の空間は「もう一つ世界」だと思いますし、その世界をお客様が見つけられる場所という観点で考えると「居心地の良い空間」であるかは重要なことだと思います。
 
 

 
最後はお三方が言葉は違えども同じような価値観で「本」や「書店」を捉えていることに気付かされた。お客さんは「東京堂を信頼していらしている」、という大前提の上にすべてが形成されていることが自然と伝わり、それは言葉とは別の、まるで全身からの「熱」のような何かとして、非常に強く感じられた。
東京堂を支えているのは中で働く「人」であり、この人たちがいるからこそ「東京堂が東京堂らしく」見えるのであろう。基本的に新刊書籍のほとんどはどこのお店でも手に入れることができ、値段も一緒である。なのに、東京堂に足を運んでしまうのはスタッフの方たちが醸し出している無形の価値も一緒に感じたいからなのかも知れない。
 
実は東京堂にはこれまで無かった本のPOPも置かれ始めている。前店長の時代までは「本は装幀や帯を含めて作品として仕上がっているので書店が余計なことをすべきではない」という考えのもとPOPは無かった。しかし、今では一部で試験的にPOPを置いている。過去に翻弄されることなく、その過去を踏襲しながらも変化を厭わないところが素晴らしい。変化を恐れない勇気の源は「答えはお客様が持っている」という信頼関係なのかも知れない。

 
 

インタビュアー紹介:
chibizo0204さん

「本が好き!」1級レビュアー。
守備範囲はビジネス書からハードボイルド小説まで幅広い。
ブログは「feel the wind」。
 
 
 

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