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ビル爆破の残響と枯れた百合から始まるデザイン。戸田ツトム『陰影論』

知的で超カッコいいデザインというものがある。戸田ツトム氏のデザインする書籍はその代表格だといっていいだろう。いや、「代表格」など生ぬるい。もっとはっきり「知的で超カッコいいデザインとは、戸田ツトム氏のデザインのようなデザインのことだ」と断言してもいい。
 

単に知的なだけではなく、単にカッコいいだけでもない。単に知的なだけならば、重厚で古めかしく造ればいい。しかしそれは鈍重だろう。単にカッコいいものならば、気の利いた配置を追及すればいい。しかしそれは虚しい。戸田氏のデザインには、鈍重さも虚しさもない。鋭さと意味深な何かが同居している。
 
その戸田氏のデザイン論をまとめた著作陰影論 デザインの背後についてがようやく刊行された。すでに『断層図鑑』など複数の著作がある戸田氏だが、前著電子思考へ…―デジタルデザイン、迷想の机上が2001年刊行なので、実に10年以上振りの新刊ということになる。
 


 
 
戸田氏は、ドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス千のプラトー―資本主義と分裂症をはじめ、ドゥルーズやジジェク、クロソウスキーやヴィリリオらの日本語版のブックデザインを手掛けてきた。人文系の読者でいわゆる現代思想に興味がある人ならばその名前を知らずとも独特のデザインに見覚えがあるに違いない。
 

 

     

実際のところ、「現代思想」という単語に少しでもオシャレな印象があるとすれば、それは戸田デザインのイメージに負うところ大だとすら言える。ではその戸田デザインの特徴とは何なのか。

 
戸田ツトム氏のデザインはとにかく空白の部分が印象的だ。しかも何故か線が引かれていることが多い。あるいは細かい文字を線のように緻密に並べている。何かが削り取られた痕跡のような、あるいはまだ未完成だとでいいたげな予兆のような、得体の知れないモノがそこに浮かんでいる。

 

    

 

    

 

    

 
騒音の世紀と言われた二十世紀の世紀末にデザインの仕事を開始した戸田氏。人々はやがてその騒々しさに飽きて、騒音を排除しようとする。いわば脱臭された状況が求められる。しかし人は贅沢なもので、それでもなお飽き足らず、そこに脱臭され切らない「何か」をも求め始める。その二重の要求を戸田氏は見抜いていたのだろう。戸田氏のデザインには、騒々しさの痕跡と、寂寞とした荒涼感とが同居している。
 
本書で戸田氏は、オオウバユリというユリ科の植物の枯れた様、その記憶から書き始める。本書は植物のイメージをめぐって書き進められるのだ。それは19世紀の文化の中心だったフランス・パリから当時の最先端の流行だったアール・ヌーボーを輸入しようとしたアメリカ・ニューヨークでアール・デコが生まれ、その意匠をまとった高層ビル群がそれこそ植物がにょきにょきと伸びていく様を思い出させる。20世紀後半にダイナマイトによってビルを破壊し廃棄していく光景に戸田氏が言及するとき、ユリのイメージと高層ビルのイメージが重ね合わされている。
 
ほとんど詩的な随想として本書を書き進めていく戸田氏は、都市を植物や森に見立て、そこから「表面積の哲学」を語り出す。美術批評家ディディ=ユベルマンの絵画論から、現代書家の石川九楊氏の文字論まで触れながら、通常の平面に、織り込まれた「内部」を持つ「表面」という概念を論じる。この「内部」は書名にもある「陰影」や、いわゆる「情報」とほぼ同義だと考えればわかりやすいだろう。何かの表面にさした影からは、汲み尽くせない情報を得る事ができる。その深みが重要なのだ。
 
けっして可視化され切ることのない絶対的な情報量、それこそが戸田氏の言う表面積である。戸田氏は、「陰影」がそれを生み出すと言う。西洋近代絵画においては遠近法が空間的な情報を生み出していたが、情報を生み出すのは遠近法だけだはない。こう言ってしまうと当たり前なのだが、陰影が生み出す情報量の豊かさにあらためて注意を喚起し、陰影のレベルからデザインや造形の思考を組み立てようと戸田氏は提案している。
 
なお戸田氏は、陰影論といいながら、もうひとつ、本書のなかでたびたび触覚について述べている。DTPをいちはやく取り入れたデザイナーとしても知られる戸田氏は、電子書籍について考えずにはいられないのだろう。電子書籍と従来の本とを分ける最大の特徴は、電子デバイスのつるんとした表面と、紙の手触りの違いだ。そして紙にあって、多くの電子デバイスに無いものは、表面に落ちる影である。多くの電子デバイスはむしろ発光しているのだから。この差異は、本書でも触れられるヨーゼフ・ボイスと、その生徒でもあったゲルハルト・リヒターの作品のことも思い出させる。触覚論と陰影論とは、表面のことを考えると、確かに結び付く。多くの電子デバイスにおいて、人は影には触れない。色彩と強弱のある光に触れているだけなのだ。この光と影をめぐる思考は、iPad以降の時代のグラフィックデザインにおいても重要である。

 
 
目次
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オオウバユリの時間
1  弱さを聴く
        複製、増殖について
        冬の林を歩く
        植物の〈経済〉と生活
        段ボールの棺
 
2  表面積の哲学
        循環する〈表面〉が守るもの
        都市の〈成分〉
        表面積が作る、人の街
        そして、細部への通路
        影から〈物体〉へ
        再び表面の力
 
3  擦過傷
        空の傷、ふと現れる事件
        陰影が生まれる時
        経済、代謝
        ボイスの呼吸
 
4  半諧調(ハーフトーン)を知る
        背景が始まる
        環境の前面
        陰影の威力
        音に触れ、紙を聴く
        ハーフトーンの知
        ディスプレイと紙
 
5  影の運動
        デザインの〈記録〉と〈運動〉
 
6  明るい街
        描かれる光
        仮想都市
        陰影のエコロジー
        光の観察者
        標準・・・・・・の集落
 
7  消える形
        異色の日常空間
        〈識別〉のハザードとは
        色と形、それぞれの・・・・・・
        〈標準〉へ
 
8  触れる
        質感、妙なハヤリ
        〈見せる〉の誕生
        〈触れる〉――ゼロの隙間
 
9  Nowhere
        記憶の街
        どこでもない・・・・・・ここ
        非・場所?
        海の住所
        ガラスの街
        真空のメディア
 
10 宗達から光琳へ
        光の場所
        意匠への風穴
        風神雷神と光琳
        芦野公昭談話 「宗達の画業」
 
11 山水の時間
        水墨画――色彩の排除から
        時間の絵画
 
12 諧調論
        陰影・・・・・・記憶の通路
        風景の境界
        陰影の棲み家
        細部へ
        何ものでもない印
        自立する〈点〉たち
        メディアへ――二〇世紀の点描
        ターナーの近代
        デザインへ
 
13 眼の震え
        殺戮の経済学
        虫の日
        背景へ
        「循環」 について
 
あとがき
引用書目
初出
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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