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テーマは孤独。昨年もっとも評価された海外コミック『皺』

「テーマは孤独。老いやアルツハイマーではない」と語る作者によるコミック皺 shiwaは、いっけんすると地味な作品だが、文化庁メディア芸術祭で海外コミックとしては初の優秀賞を受賞し、読者投票による2011年度「この海外コミックがすごい!」ランキングで第一位になった傑作。
 
本書のストーリーは、アルツハイマー症の老人が老人ホームに入れられるところから始まる。年老いた灯台守と、戦線から逃げ出した若い兵士の交流を描いた『灯台』という作品も併録されており、この二作品は似ていると作者は言う。どちらもありきたりな友情や恋情ではない、寂しさを内包した苦くて優しい交流を静かに描いている作品だ。
今回は、この『皺』の文化庁メディア芸術祭での受賞にともなう著者の来日イベントを取材してきた。このイベントでは「スペインのアカデミー賞」といわれるゴヤ賞で最優秀賞・最優秀脚本賞をダブル受賞したアニメ版『皺』も上映。アニメもマンガに劣らない傑作だった。
 
皺
 
イベントは、アニメの上映と、作者の講演・訳者の一人である小野耕世氏との対談という流れ。
アニメは日本での公開が決まっていないため、宣伝の意味も含めての上映とのこと。スペイン語音声に英語字幕、原作にはないオリジナルのエピソードが加わっていたり、原作と同じエピソードを別の表現で描いていた。音楽が非常に美しい。語りかけてくるようなギターの音色が印象に残る。
『オール・アバウト・マイ・マザー』で世界的に知られているペドロ・アルモドバル監督も何度も受賞している「スペインのアカデミー賞」ことゴヤ賞の最優秀賞を受賞したというのも納得の、手堅い作りの映画だった。日本語字幕をつけて、多くの人に観てもらいたい作品。
 
講演では、作者のパコ・ロカ氏が『皺』と『灯台』について高橋メソッドのような明快なスタイルでプレゼン。
まずパコ・ロカ氏のマンガとの出会いは、中学校の図書館にあったファラオの葉巻 (タンタンの冒険)。「タンタン」はベルギーのエルジェが描いた、世界的に人気のある冒険マンガ。マンガはその1冊しか図書館に置かれていなかったため、パコ・ロカ氏は繰り返し繰り返しこの作品を読み、ある「マンガの魔法」に気付いたという。
ファラオの葉巻
ファラオの葉巻 (タンタンの冒険)
 
それは「コマとコマの間」(いわば行間)に宿る、だから何度も繰り返し読んでもマンガに飽きることがないのだ、とロカ氏は語る。ロカ氏の表現を借りると「コマとコマのあいだに魔法があり、コマはそれに触れるための鍵のようなもの」。これは後に触れる『皺』の中のあるシーンを思い出すと、とてもよくわかる表現。
 
続いて、三島由紀夫の『潮騒』の書影を大きく見せながら、『灯台』は日本文学の影響があったと作者が述べると、小野氏がすかさず「似たようなことを、バットマン:ダークナイト・リターンズのフランク・ミラーから聞いたことがある」とコメント。文学に限らず、マンガや映画などでも、日本の表現では物語がゆっくりと進み、日常を描きながら深くキャラクターを描写する、と語ったという。
バットマン
バットマン:ダークナイト・リターンズ
 
続いて『皺』の取材について。ロカ氏は半年にわたって複数の老人介護施設を取材した。このときのスケッチは本書に収められている。このスケッチを見ると、きわめて写実的なデッサンから、登場人物をデフォルメしていったということが理解できるだろう。
 
取材のなかで、作中の登場人物である老夫婦のモデルとなった二人の話が印象的だった。認知障害の進行した夫と、その介護ために付き添いで入所した妻。誰が誰だか区別することすらできなくなってしまった夫とともに暮らすことに疲れ果て「早く死んでしまえばいい」と妻は思っていた。しかし、それでも、ときどき妻にしかわからない記憶がふと夫に戻ってくることがあり、そのときは、心の底から生きていて良かった、もっと生きていて欲しいと思うのだという。
先述の「あるエピソード」というのはこのことで、作中、この二人をモデルにした老夫婦が二人だけの思い出を呼び起こして微笑むシーンがある。このシーンは、小さなふたコマに過ぎないのだけれど、本書の中心のひとつだと言えるだろう。
 
パコ・ロカ氏は、『皺』をセンチメンタリズムに陥らないように、「お涙頂戴モノ」にしないように努めたという。ドラマチックなシーンでは敢えてセリフをはずし、読者の解釈を促すのだという。技法的に物語の演出方法について語る姿には才能を感じた。小野氏が惚れ込んだのももっともだろう。
 
マンガでもアニメでも、また『皺』でも『灯台』でも、パコ・ロカ氏の作品で描かれる雨や風、雲や霧の美しさが際立っている。彼は老いやアルツハイマー病に対しても、人智の及ばない何か無常で崇高なものだと捉えているのかも知れない。
その意味では、老齢の友人や親族、認知障害をもつ近親者を持たない人にも広く薦めたい作品だ。
 
 
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アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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コメント

  1. こんな来日イベントがあったんですね。お仕事とはいえ,参加できるなんて,うらやましい!
    この本,先日読んでレビューを書いたばかりです。

  2. >かもめ通信さん
    今回は、日本未公開のアニメも見られたし、まさに役得でした!公開が決まるといいのですが、、、
    かもめ通信さんのレビューも拝見しました。『灯台』もいいですよね。他の作品も邦訳されたら読んでみたいです。

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