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混乱の中で自由に音楽を語るために。『同人音楽とその周辺』

音楽って何なんでしょうねえ。僕は大学で学生だったころは、音楽を研究対象にしていました。卒論のテーマはウォークマン。いろんなことを勉強しました。音楽についてどう学問で扱うことができるのか、知りたいと思いながら、結局、満足のいく答えを手にすることができませんでした。
 
音楽って何なのか、という問題は本当に難しい。昔なら、楽器を弾いたり歌を歌う人がいて、その場を楽しむことが音楽だったと断言できるでしょう。その「音楽」は宗教儀式にも使われ、軍隊の士気を高め、敵を威嚇するものになり、政治的なパフォーマンスにも使われるようになります。楽譜が発明され、作曲や演奏技術が洗練されるようになると、それを理解できる人とそうでない人が分かれ、高級な音楽とそうでない音楽という分類も生み出されます。異なる文明が出会うときには、互いの音楽を好きになったり嫌いになったりするでしょう。そのときにどっちの音楽がより優れているか、議論が起きることもあるでしょう。古今東西、多くの音楽が禁止され、迫害されてきました。
 
メディアの発達につれて、異なる文化が出会う頻度は幾何級数的に増加します。現代に近づくにしたがって、人々の「音楽」観はどんどん混乱を呈していきます。学生時代の僕は結局その混乱から脱することができなかったんだろうと思います。先日刊行された同人音楽とその周辺: 新世紀の振源をめぐる技術・制度・概念は、この類の混迷を極める音楽について、かなり明晰な分析を行なっている良書です。本書の著者はネットワーク・ミュージッキング―「参照の時代」の音楽文化の井手口彰典氏。
 
同人音楽とその周辺
 
「同人音楽とは何か」。このシンプルな疑問に、適切な回答を示そうとするだけでも相当な労力が費やされ、最終的に「なんとなくわかる」くらいの認識にしか到達できないのが実情でしょう。この記事のために何人かの友人に「オススメの同人音楽」を尋ねてみたところ、「これが同人音楽なのか微妙なところなのだけれど…」という留保つきで回答してくれる人が多かったのが印象的でした。
 
同人とは「特に文芸などの領域で、趣味や志を同じくする仲間を指す言葉」でした。しかし「戦後になると、SF小説やマンガを対象とする同人活動も次第に盛んになり、また彼・彼女たちの手による同人誌をより広く頒布するために即売会形式のイベントが開催される」ようになりました。本書の解説にあるとおり、「今日、同人イベントといえば、基本的にそうした即売会形式のものを指す」といえます。コミックマーケット(コミケ、コミケットとも呼ばれる)が特に有名ですね。
 
本書で扱われる「同人音楽」とは、このような即売会形式のイベントを中心に流通する音楽のこと。ちなみに「同人音楽」といった場合には、必ずしも即売会に限ったものばかりを指すわけでもないのがややこしいところ。2ちゃんねるのCLUBVIPというスレッドのインターネットラジオから始まったMaltineRecordsや、ニコニコ動画を中心に盛り上がっている初音ミクを使った音楽や「歌ってみた」(既存の楽曲を「歌ってみた」という軽いノリで録音・公開するもの)なども同人音楽と呼ぶ場合があるようです。現在はSoundCloudという音源をアップロードしたりダウンロードしたりできるサービスの利用が発達してきて、また「同人音楽」という言葉の指す意味が変わってきている状態です。
 
本書は、みずから「あまり熱心な同人音楽リスナーではない」と告白する著者による、音楽学・社会学研究書です。特定のアーティストについての情報や特定の事件について何か知りたいというだけの人や、最新の情報を知りたいという人にはあまりオススメできません。そうではなくて、「メディアの発達に伴って生じてきた新しい音楽の楽しみ方」について知りたい人のための本だと言うべきでしょう。
「知っている人は既に知っている、知らない人は興味をもたない」たぐいの本かも知れません。でも、僕のように「音楽」が、語ろうとすると物凄く難しいものだということを知っている人間にはとてもありがたい本なのです。
 
いまやいたるところで耳にする初音ミク、アニメファンには『偽物語』『まどか・マギカ』の主題歌を歌っていることで知られているClariS、そして東方PROJECT、etc.etc…彼らや彼らの音楽、そして音楽の周辺にある諸々を、ただ楽しむだけではなくて、「そこで何が起きているか」を分析的に理解できる人は限られています。ほとんど、「現場」にいる人達しかわからないのではないでしょうか。
 
「わからないでも構わない」と思うかも知れません。それはそうでしょう。
「聞いたら良さがわかる。聞いてわからないなら趣味が合わないんだろう」とも思うかもしれません。それもそうなんでしょう。
いや、でも、この本をじっくり読んでみてください
五年後くらいに、音楽的な豊かさを享受している自分に気付くことでしょう。本書は単なるドキュメンタリーではなくて、いくつかの現象を分析することで、現代の音楽的な環境のいち側面を明らかにするものです。そのことは、今後の音楽に少なからぬ影響を与えていくのです。
 
たとえば、井手口氏が指摘する「スティグマとエンブレム」
スティグマ、とは元々は罪を犯した人を一生涯にわたって監視するための焼印を指します。
同人音楽についてスティグマというとき、それは「オタク」的ということを意味します。
これはオタク的なものすべてに言えることなのですが、その「スティグマ」を逆に利用して、つまり「エンブレム」、誇らしい紋章のように掲げる動きが同人音楽にはあります。オタクであることは恥ずかしいことではない、いや、恥ずかしいかも知れない、しかしそれがどうしたんだ!という赤面しながらの開き直りのようなスタイル。この熱いエネルギーは、すべてとは言わないまでも、同人音楽にある種共有されるものです。
 
「同人音楽」の背景には、先述の即売会の存在、録音可能なCDというメディアの廉価化、パソコンの普及と高速化、そしてインターネットの発達といった要素が絡まり合っています。即売会の存在があったことにより、オタク文化との親和性が高まり、パソコンとCDによってDTM(デスクトップミュージック)の発達の恩恵にあずかり、音楽制作から流通までネットを介してノウハウが共有されてきました。
このように淡々と記述できる側面と、上述の心理的で複雑な側面とが入り交じっているのも同人音楽の特性だと思います。
 
なお、本書で著者がもっとも強調しているのは、こう抜き出してしまうと呆気ないのだけれど、「妨げられない」ことの重要性です。「すごいもの」を求めるあまり、音楽の楽しみ方が硬直してしまうことに対比して、著者は同人音楽の環境における「妨げられない」ことの追求に注意を促しています。肩の力を抜いて、楽しむこと。…僕にはそれはそれでものわかりのいい大人の言い分のような気がして心情的に同意できかねるものはあるのですが、それでも理不尽な否定やルール決めから解放された所で自由に奏でられ、自由に味わうことができる音楽の素晴らしさというものを否定するのは難しい。本書は、同人音楽とその周辺で、何が自由になってきたのかを解説しているのです。
 
本書では「その周辺」のほうに分類される初音ミクですが、その初音ミクを使って活動する「cosMo@暴走P」と呼ばれる人が僕は好きです。
この「cosMo@暴走P」さんの有名な曲に『初音ミクの消失』というものがあります。
お店をちゃんと選べばカラオケでも見つけることができるこの曲の歌詞に、次のような一節があります。
「信じたものは 都合のいい妄想を 繰り返し映し出す鏡」
これは、ただ歌詞を分析するだけならば、他のジャンルの音楽にも見つかる歌詞だし、他の芸術でもあらゆる制作者が身に染みて思う感慨を表したものです。
(いまこの記事を書くために歌詞をgoogleで確認したんですけど、まあ、疲れているというのもあるかも知れませんけど、本当に泣けますね、、、いや、本当に疲れてるんだな僕)
でもここでこれを歌っているのは初音ミクで、僕や多くのリスナーが最初にこの歌詞を歌う初音ミクを観たのはニコニコ動画でのことでしょう。文字通り叩きつけるように「早口」でまくしたてる初音ミクの声が胸に迫ります。初音ミクの詳しい分析については本書にもあるのでここでは割愛して、要するにこの種の感慨が、「他では聴けないかたちで」「僕たちに」届けられたという感情が大事なのだということを書きたかったんですけど、なんだかわかんなくなってきてしまいました。

 
…という感じで、どうしても感情的に語ると気持ち悪くなってしまうものなんです。こういう気色悪いファン心理にまみれた賞賛ではなくて、「なんでこの人こんなに気持ち悪くなるほど語ってしまうんだろうか」ということを客観的に理解する助けになるのが本書だ、と思ってもらえれば間違いありません。
 
 
目次
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 序章 本書の概要
  1 現代文化としての同人音楽
  2 本書の位置付け
  3 術語について
  4 全体の構成について
 
第1部 同人音楽
 第1章 同人音楽への招待
  1 即売会へようこそ
  2 M3、スタート!
  3 同人音楽の「中身」
 
 第2章 概念としての同人音楽とその射程
  1 複数の評価スケール
  2 幻想としての「原―同人音楽」
  3 同人音楽を支える社会的環境
  4 環境に起因する傾向
 
 第3章 同人音楽「と」ジャンル
  1 同人音楽はジャンルなのか?
  2 ジャンルの変転性と固定性
  3 混在と越境
  4 スティグマとエンブレム
 
 第4章 同人音楽批評は可能か
  1 同人音楽の「語りにくさ」
  2 新たな「語りにくさ」とアレンジ系同人音楽
  3 群体としての音楽
  4 「うごめき」とどう向き合うか
 
プロムナード
 A 音系同人活動の過去・未来――相川宏達氏インタビュー
  1 M3の誕生
  2 「音系」の意味
  3 変化する音系
  4 これからのM3
 
 B 表現のための「場」を求めて――寺西慶祐氏インタビュー
  1 即売会の立ち上げに向けて
  2 名前と理念
  3 M3「以前」
  4 グレーゾーンと理論武装
 
 まとめ
 
第2部 同人音楽の周辺
 第5章 現代的想像力と「声のキャラ」――『初音ミク』について
  1 『初音ミク』の新しさ
  2 現代社会での「キャラ」
  3 魅力の所在
  4 初音ミクと「P」
  5 再編集が拓く地平
 
 第6章 オンライン世界での協働――『組曲『ニコニコ動画』台湾返礼』について
  1 組曲の登場と波及
  2 返礼プロジェクトの成立と推移
  3 舞台裏
  4 プロジェクトが残したもの
 
 第7章 純愛者であることの困難――アマチュア音楽について
  1 アマチュアのコノテーション
  2 近世―近代日本の状況
  3 機能から純愛へ
  4 アマチュアスポーツ論への目配り
  5 現代における強化と排斥
 
 終章 ふたたび、同人音楽
  1 「妨げられない」実践
  2 神話化されることの危険性
  3 音楽する力
  4 同人音楽の可能性
  5 社会への架橋
 
初出一覧
  
あとがき
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記事の最後に、同人音楽のなかで個人的に気に入ったものをいくつか紹介しておきます。
(同人音楽に詳しい友人たちから薦められたものも含む)

いわゆる「オタクくささ」がほとんど感じられない系統。
クラブミュージックとか電子音楽とかって、それだけである程度オタク臭いと言えなくもないんですが。
 

SuperColliderという音響合成用プログラミング環境・言語と音楽理論を駆使しながら、アイドルマスターやアニメソングやゲーム音楽を自由に参照するスタイルで多くの音楽ファンに衝撃を与えたimoutoid。
2009年に18歳という若さで死去。昨年、MIT Pressから出版されたSuperColliderについての本に、彼が作成したプログラムコードが掲載されました。
 

変拍子の貴公子と呼ばれる音大生Treow氏による初音ミク楽曲。
芸大卒の喜多嶋時透氏とのコラボレーション。詳細は下記関連ページに挙げたインタビューを御覧ください。
 

ニコニコ動画の「歌ってみた」で既存曲を歌った音源をアップロードしていた中学生二人組が、音楽評論家・プロデューサーの冨田明宏氏に見出されオリジナル曲を作成。このあと、名義を「ClariS」に変更して『まどか☆マギカ』や『偽物語』の主題歌を担当。
 
 
【関連ページ】
【ぷらちな】冨田明宏氏インタビュー「新世代アニメ音楽シーンの現在」特集:アニメのゆくえ201X→
上記で言及した音楽評論家・プロデューサーの冨田明宏氏へのインタビュー。
 
書評を書いた。 – 死に舞
MUSIC MAGAZINE (ミュージックマガジン) 2012年 05月号に本書の書評を掲載したshinimai氏による補足記事。「日本のポピュラー音楽研究の蓄積をうまく生かして、各論の内容も現代的なので大学のポピュラー音楽研究の授業なので扱うには良い本」と評価しつつ、同人音楽そのものへの分析に不満があったとのこと。
「個人的には同人ショップや同人イベントには、ある種の近寄りがたさがあり、その(ある意味での)「閉鎖性」こそが同人音楽の特殊性や魅力を作っている」という見解には僕も同意。
 
cosMo a.k.a 暴走Pという天才の発掘 – 死に舞
ユリイカ増刊号 総特集=初音ミク ネットに舞い降りた天使に対する不満をぶちまけた記事。
 
ASCII.jp:現役音大生と銀座のホステスが、ネットと音楽で目指すもの|四本淑三の「ミュージック・ギークス!」
「逆衝動P」としても知られる、掲のTreow氏と喜多嶋時透氏へのインタビュー記事。
 
 
【関連書籍】

ART TRACE PRESS 01

ART TRACE PRESS 01
特集は、先日国立近代美術館で生誕100年を記念した大規模な展覧会が開催されているジャクソン・ポロック。
松浦寿夫氏と林道郎氏の責任編集による本誌に掲載されている詩人・佐藤雄一氏による「リズモロジーの方へ」に見られる、制作論としての詩学は、そのままメディア環境の発達による芸術の形態の変化を論じるヒントになると言えるでしょう。佐藤氏はもっぱらヒップホップにおける「サイファー」という仕組みに注目していますが、同時にSkypeでの朗読会を企画するなど、新しい情報環境に即した試みを多数行なっています。
 

同人音楽を聴こう!

アリス☆クララ=ClariSを発掘した冨田明宏氏も深く関わった一冊。
『同人音楽とその周辺』でマクロに分析された現象の、具体的な側面を読むことができます。

 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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