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芸術作品の根源とは何なのか。『いまだない世界を求めて』

ロドルフ・ガシェという哲学者を紹介するのは難しい。
ただ活動していた国を列挙するだけでもややこしいくらいだ。ガシェは、20世紀前半にヨーロッパの小国ルクセンブルクに生まれ、1960年代後半からパリに留学、ベルリンで哲学博士号を取得したのち1975年からアメリカに移住した。留学先のパリでは、デリダ、アルチュセール、ラカンらの指導のもと研究をかさね、デリダの初期主要著作エクリチュールと差異、ラカンのエクリをドイツ語訳し、ドイツへのフランス現代思想の紹介に重要な役割を果たした。なお、移住先のアメリカではガシェはデリダ研究の業績で知られている。
ガシェは、ドイツ語とフランス語で高等教育を受け、大学では英語で講義し、自宅ではフランス語で語る。母親はオランダ系で、母国語はあくまでルクセンブルク語とオランダ語だが、ドイツ語・フランス語・英語で書かなければならない哲学者である。彼をどこの国の人だと認識するべきなのだろうか。
 
その彼の論考をまとめた書籍いまだない世界を求めてが先日刊行された。タイトルを銀色に箔押しした浅葱色の装幀が目を引くが、本文の紙も淡い緑色で文字は濃緑。デザインに一貫した思想を感じさせる。書影写真だけではとても伝わらない魅力があるので、是非書店で手にとってみて欲しい。
収録されているのは、ナチスドイツとの癒着関係によって未だ危険視される哲学者ハイデッガーの芸術論、日本でも教鞭をとった哲学史家レーヴィットの思想、そしてデリダにおける「ヨーロッパ」と「責任」という哲学的概念、という3つの異なる領域についての論考と、訳者によるガシェの思想を概略する丁寧なインタビューと解説。
 
いまだない世界を求めて
 
「あとがき」によれば、本書はガシェの主要著作である『鏡の裏箔 デリダと反省の哲学』の邦訳に先立ち、ガシェの紹介のために軽いものをまとめて編集されたものだという。書き下ろしを含む、単行本未収録の論考だけを編集している。
 
ガシェは、「すべてはテクストだ」というテーゼを誤用していた当時の流行に対し、その保守性と閉鎖性を指摘した。かつてアメリカを中心として興隆していた「脱構築批評」というフランス現代思想のブームを批判したのである。それが訳者解説によると、現在邦訳が準備されている『鏡の裏箔』『差異の発明』『読むことのワイルド・カード』の三部作である。世界的に広く受容されているデリダの思想だが、アメリカでのデリダ思想の受容に対してガシェがもたらした影響は決定的だという。この重要性を認めて、本書および先述の三部作を邦訳する計画が立ち上がったようだ。
 
目次
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日本語版序文
作品、現実性、形態――ハイデッガー『芸術作品の根源』に関する覚書
信仰の残余――カール・レーヴィットによる世俗化の概念について
責任、この奇妙なる概念
インタヴュー 思考の密度――ヨーロッパ、アメリカ、脱構築
訳者解説 逆説的な境界――ロドルフ・ガシェ導入のために
訳者あとがき
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「作品、現実性、形態」は、ハイデガーが「芸術とは何か」「人間にとって芸術とは何なのか」を論じた芸術作品の根源の解説。
端的に難解で、苦心の末に読み解いたとしてもその内容は保守的である、という評価を受けている『芸術作品の根源』について、ハイデガーが真に注目したものが何かを明らかにするガシェの手捌きはさすが。
この論考では、「芸術作品はすでに死んでいる」という美学的な態度をハイデガーが認めながらも、「いまだない芸術作品」「未来の芸術作品」「芸術作品の可能性」を重視していることを指摘している。写真などの複製技術や電信などの通信技術が普及し、芸術作品とそうでないものの違いがいよいよ不明瞭になってきている現代に、この論考を読むことの意義は大きい。
 
「信仰の残余」は、キリスト教信仰崩壊のあとに残るもの「単なる信仰の残余以上のもの」だとするレーヴィットの「信仰の残余と見えるこれが、実はそれの中核なのである」という発言を引いたタイトルを冠した論考。本書のための書き下ろしである。
世界は歴史のなかで進歩しているという考え方はキリスト教的な思考とその「核」を共有しているというレーヴィットの主張を、ハイデガーやその師フッサールの思想に対する重要な批判だとみなしている。
 
そして、デリダが初期に批判的に論じた哲学者でもあるフッサールが、かつて日本の雑誌「改造」に寄せた論考で初めて提示した「責任」という概念について論じたのが「責任、この奇妙なる概念」。
ガシェは、フッサールの弟子であるハイデガーと、そして「責任」概念を批判的に継承し発展させたデリダとが、どう取り上げたのかを丁寧に追っていく。
デリダにとって「責任」という概念は、哲学的な概念としての「ヨーロッパ」と深く結びついたものであった。地理的な意味での「ヨーロッパ」に生を受け、アメリカで生活するようになったガシェが論じるこの問題は、単なるヨーロッパ中心主義を超えて、例えば日本において哲学的な書物を読むこと、哲学的に思考することの意味について再考することを迫る。
 
【関連書籍】
ハイデガー『芸術作品の根源
芸術作品の根源
 
デリダ『死を与える
デリダ×ルディネスコ『来たるべき世界のために
デリダ『法の力
 
 
【関連ページ】
SITE ZERO | カール・レーヴィット『世界と世界史』(柴田治三郎訳、岩波書店、2006)』|森田團
「「哲学」における「過去」と「未来」」、「迷うことの諸相――パサージュにおける経験についての考察」などの著作のある研究者・森田氏による書評。
 
早稲田大学研究者紹介WEBマガジン麻生 享志
ポストモダンとアメリカ文化の著者へのインタビュー。
サイバーパンク・アメリカニュー・アメリカニズム―米文学思想史の物語学の著者である巽孝之氏のアドバイスを受けて渡米し、ガシェの指導を受けた、というくだりがある。
 
宇波彰現代哲学研究所 ジャック・デリダ『マルクスの亡霊たち』を読む
デリダの代名詞のように語られる「脱構築」という概念を、「遺産相続」という概念とセットで解説する書評。
ガシェの名前も登場する。
 
 
【関連記事】
リオタール『言説、形象(ディスクール、フィギュール)
昨年ようやく邦訳されたフランス現代思想の哲学者リオタールの主著のひとつ。
アメリカで流行した「脱構築批評」によって誤読されていた思想家の一人であり、本書も主著であるにも関わらず日本と同じくらい英訳に時間を要した。実に40年にわたって英語の読者からほぼ無視されていたといえる。
なお、ガシェは主著三部作のうち二冊目にあたる『差異の発明』において、メルロポンティのハイパーリフレクションとリオタールのフィギュール概念と並べて、デリダの自己触発論に言及しているとのこと。
 
 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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