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紛争ショーケース。複雑怪奇な内戦から世界の現在を知る『レバノン』

現代の中東の政情をほとんど知らなかったので、何かの機会にまとめて調べたいなと思っていたところにとても良い本をご献本いただきました。その名もレバノン 混迷のモザイク国家(長崎出版)。フランス大統領の親友でもあったとある大物政治家の爆殺テロ事件を軸に、レバノンという国の情勢を追った一冊です。「紛争のショーケース」のような状況にあるレバノンの情勢を追うことで、関連する政治勢力、つまりイスラエル・アラブ諸国、そして欧米諸国の中東に対する姿勢が芋づる式に見えてきます。
 
作家の村上龍氏のメールマガジンJMMに連載されていたものをまとめたもので、小説のような読みやすさが印象的。
 
レバノン共和国は、首都ベイルートを中心とする人口わずか四百万人強の小国。アルファベットの起源となる文字を生んだといわれる古代フェニキア(地中海東岸)に位置し、シリアとパレスチナに挟まれているこの国は、交易の中継地点として文化と経済の両面において長きにわたって繁栄してきました。
 

 
大歴史家トインビーによって「宗教の歴史博物館」と呼ばれるように、レバノンには様々な宗教的マイノリティが集まり、現在では20もの宗教がひしめいていると言われています。そもそも、この国の最大宗派はキリスト教の宗派。それも、東方正教会でもカトリックでもない東方典礼カトリック教会に属するマロン派という、日本ではあまり聞きなれない宗派です。最大宗派といっても国民の過半数に満たない40%を占めるに過ぎません。
 
レバノンのイスラム勢力は、中東国家らしく国民の過半数を占めているのですが、それもアラウィー派・ドルーズ派という異端視されている宗派やシーア派を含み、一枚岩とは言えない状況。むしろイスラム教内の最大宗派であるスンニ派と、それと対立しているシーア派はときとして激しく対立します。
 
書名にもあるとおり、レバノンはまさに「混迷のモザイク国家」であり、その勢力の組成を図式化することも、それらの歴史を概説することも、容易ではありません。
 
たとえば本書の主人公とも言える、爆殺された元首相ラティーク・ハリーリの経歴。
ハリーリは、イスラム教最大宗派であるスンニ派の農家に生まれ、産油国として頭角をあらわし始めたサウジアラビアに渡って国籍を得ます。サウジアラビアで建築業の道に入ったハリーリは、フランスのゼネコンを買収し、シリアやフランスでも大事業をする実業家にまで成り上がります。
そして1980年代、祖国レバノンの首都ベイルートに隣国イスラエルが侵攻するという事件が起こります。
 
昨年、米国軍が暗殺したビン・ラディンは、2004年に公開されたビデオメッセージで「ベイルートの高層ビルが破壊されるのを見て、アメリカの高層ビルを破壊してやろうと思いついた。そうすれば、我々がどんな思いを味わわされてきたかが彼らにもわかり、アラブの子供や女を殺すことをやめるだろうと思った」と語っていました。イスラエルは、アラブ世界の中心地のひとつとして栄えていたベイルートを蹂躙し破壊したのです(内戦自体は1975年から続いていました)。
この事件を機に、ハリーリはサウジ王室とシリア政府に働きかけ、レバノン内戦を終結させるべく動きだします。
 
ハリーリによるイスラム中心の動きに対して、レバノンの最大宗派であるキリスト教徒が反発したり、キリスト教徒同志の殺し合いが勃発するなどの波乱を経て、1980年代末には首都ベイルートは東西に分裂し、2つの政府が成立。首都以外の各地には様々な勢力が割拠し軍閥を形成しました。1990年、イラクがクウェートに侵攻したことをきっかけに、シリア政府が軍事的にレバノンの内戦を制圧するに至り、ようやくレバノンにはシリアの軍事的影響下の平和が訪れます。
 
停戦の立役者として首相に就任したハリーリは国土復興に活躍。
「ゼネコンを出発点に、卓越した資金力を築く。その資金を惜しみなく投じ、自派国会議員の数を増やす。そして数を背景に一国の政治を支配する」このスタイルを『レバノン』の著者は、日本の田中角栄や小沢一郎に酷似していると指摘します。
死後、「反シリア」の愛国者として国際的にメディアが報じられたハリーリですが、生前の姿は必ずしも「反シリア」ではなく、また清廉潔白で汚職と無関係な人間でもなかったそうです。それでも本書で書かれている、著者がハリーリと会ったときの彼の姿はなかなか魅力的でした。
 
さて、このハリーリは残念なことに、白昼堂々、衆人環視のなか、首都の真ん中で、5台の警備車両もろとも強力な爆弾で暗殺されることになります。直径7メートルのクレーターができるほどの爆発だったということなので、並大抵の爆弾テロではありませんでした。事件直後、誰も知らない過激派による犯行声明が公表されますが、その後この過激派の名前は繰り返し歴史に登場することはありませんでした。つまり、これほどの規模の事件にも関わらず、実行犯も黒幕もわからないのです。
 
『レバノン』は、このハリーリ爆殺事件の謎を追いながら、芋づる式に関連諸勢力を紹介していきます。
たとえばシリアについて。前述のとおり、ハリーリは事件後、「反シリア」として国際的メディアに英雄視されるのですが、そもそもサウジアラビアだけではなくシリアの政府とも通じていた経緯から、必ずしもシリアに反対していたわけではありません。もっともシリアのほうでも政情は複雑で、ハリーリが親しくしていた旧体制派と、ハリーリの政敵を支援する振興の勢力がありました。
そのシリアと、イラク戦争を機に関係が悪化していたのが、ハリーリの個人的な親友でもあったシラクが大統領をつとめるフランス。シラクはハリーリの死後、シリアが支援しているラフード大統領を公然と無視して、ハリーリの私邸を弔問しそのまま帰国するという行動をとりました。
 
たとえばイスラエルについて。ハリーリの爆殺によって、レバノン国内の反シリア機運が高まったことにより、シリアの影響力は排除されることになりました。このことで利益を得たのはイスラエル。シリアや、レバノン国内のパレスチナ系勢力を弱体化させるためにハリーリ暗殺をイスラエルが企てたのだ、という説も本書では検討されています。
この他、イスラエルと敵対するパレスチナ系組織、イスラム教スンニ派原理主義組織、アメリカや反シリア・反イランの立場をとるアラブ諸国の情報機関関与説、果てはハリーリの側近中の側近の関与など、「容疑者」は無数に挙げられるものの、真相は現在まで霧の中です。本書の前半は、主にハリーリの暗殺を軸にその背景を解説し、推理小説やスパイ小説のように、ハラハラするスリルに満ちています。
 
そして国連による国際捜査を経てハリーリ暗殺後のレバノン情勢が語られていく後半は、激動の国際社会のただなかで混迷を深めていく様を丹念にたどっていきます。欧米とアラブ、イスラエルとパレスチナ、イスラム教内部の対立、各国内の勢力争いといった多層構造の抗争がレバノンを舞台に繰り広げられる様は、壮絶の一言。
「中東和平問題が変数ひとつの1次方程式なら、レバノン問題は二次方程式以上だろう」という著者の言葉どおり、きわめて複雑なレバノンの混乱。本書はこの混乱をかなりわかりやすく解説してくれる本だったと思います。巻末にはハリーリ暗殺事件についての、著者自身の見解が(あくまで推測の域をでない、と断れた上ではありますが)記されています。
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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