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『闇の国々』翻訳者・原正人氏にインタビューしました!

昨年末、闇の国々という大著が刊行されました。ヨーロッパのコミックシーンの大家のひとりフランソワ・スクイテン(シュイッテンとして紹介されることもある)の代表作であり初の単行本化となる一冊。日本でもよく知られているメビウスやエンキ・ビラルに並ぶビッグネームとして評価されているスクイテンの作品の単行本化は快挙だと言えるでしょう。
 
今回は、訳者の一人である原正人氏にメールインタビューにご協力いただきました。ヨーロッパコミックの研究者としても活躍し、昨年のこの海外マンガがすごい2011 結果発表! :: 1000planchesで第三位になったニコラ・ド・クレシー天空のビバンドムの翻訳も手掛けた原氏。情報量の多いご回答をいただけたので、これから海外コミックの世界を広げていこうという読者には参考になります。
 

 
Q:
原さんは以前、web上の連載なぜ私はヨーロッパマンガを愛するようになったかで、様々なヨーロッパ産のマンガ作品を紹介していらっしゃいました。海外の最新マンガ事情として近年注目していらっしゃる動きがあれば教えて下さい。
A:
これはという大きなムーヴメントは思いつかないんですが、ここ数年、BDは非常に多様になってきていまして、今後どういう風になっていくのか気になってはいます。もともとBDは日本のマンガに比べると、表現面で多様だったんですが、1990年代以降にオルタナ系のBDがやってきたことが、今多くの作家によって発展的に継承されているのではないかと思います。あと、ジョアン・スファールに代表されるように、アニメとBDの二足のワラジを履いている作家さんが結構いまして(ジョアン・スファールの場合、実写の映画もやってますから二足どころか三足ですが…)、こういう作家さんたちの活動には関心があります。
 
Q:
『闇の国々』を読んで、まっさきに弐瓶勉氏の『BLAM!』を思い浮かべました。「なぜ私はヨーロッパマンガを愛するようになったか」では、弐瓶氏の名前を挙げ「検証可能性は低」いと書いていましたが、その後、何か弐瓶氏と海外マンガの影響関係について発見した事実などはありますでしょうか。
A:
すいません、まったく何も発見できていません。こういうのはきっと作家さんに直接聞いてしまうのが早いと思います。思わぬマンガ家さんが思わぬ作家さんの影響を受けていたりするものですよね。浦沢直樹さんがメビウスのファンだというのは今や周知の事実ですが、それだって他の人から教えてもらわなければ全然知らないことでしたし。弐瓶さんの場合も誰かにインスパイアされていたりするのかもしれませんが、ちょっとわかりません。建築ということでいうと、スクイテンを想起させますが、フィリップ・ドリュイエというBD作家にも巨大な建築と卑小な人間という対比はあります。
 
Q:
『闇の国々』は、様々な手法を使い、複数のエピソードでひとつの世界観を描写する作品です。そのなかで今回邦訳された「狂熱のユルビカンド」「塔」「傾いた少女」を選んだ理由を教えて下さい。また、今後機会があれば翻訳したい作品、あるいはフランス語に抵抗のない読者に原書で薦めたい作品などがありましたら教えて下さい。
A:
作品の選定については、とにかく『闇の国々』の中でもベストな作品を3つ出したいという版元の希望によるものです。フランスでの評価に照らしても、今回の3つが『闇の国々』の最も重要な作品に含まれていることは、古永さんも僕も意見が一致していました。実際、このシリーズの続刊が出せるかどうかはまったくわからないわけで、そういう意味では正しい選択だったと思います。最初から一巻ずつ出せれば理想的ですが、昨今の出版事情がなかなかそれを許してくれません。今後機会があれば訳したい作品ということですが、もちろん全作品訳したいと思っています(笑)。敢えて一つあげるとすれば、ある男の影L’Ombre d’un hommeでしょうか。シャミッソーの影をなくした男を下敷きにした作品で、この作品はオールカラーなのですが、それがまた非常に美しいです。もっともカラーについては見えない国境La Frontière invisibleが『闇の国々』の頂点でしょう。僕は元々幻想文学が好きなのですが、そういう意味では、アルミリアへの道La Route d’Armilia古文書官L’Archivisteもすばらしいですよ。前者はポーとヴェルヌへの、後者はボルヘスへのオマージュです。どちらも純然たるBDというわけではなく、テクストが多いのですが。
 
Q:
『闇の国々』に収録された3つの作品のうち「狂騒のユルビカンド」と「塔」は、都市や建造物の神秘性が物語の中心的なモチーフになっていました。
海外マンガとしては異例の成功を収めましたアラン・ムーアのフロム・ヘルも、ロンドンという都市とその建造物、そこに潜む神秘性が大きな役割を果たしていました。『闇の国々』と『フロム・ヘル』はどちらも、時間軸や事実性の位相をズラして現実とリンクする都市を描いているという共通点があると思います。
この2つの作品には何か関連性はあるのでしょうか。
A:
どうでしょうね。関連性があるかどうかはまったくわかりません。おそらくないんじゃないでしょうか? ただ、仰るとおり共通点はあるのかもしれません。実際には違うようですが、僕は初めて『闇の国々』を読んだとき、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのヨーロッパを相対化する試みだと思いました。「狂騒のユルビカンド」で扱われている幻想的な都市も切り裂きジャックのロンドンも、高山宏さんの本なんかでは何度も扱われているテーマで、僕の中ではすんなりつながってしまいますが、でも、この二つの作品に関連性があるかどうかは、やはりわかりません。
 
Q:
作者について教えていただきたいと思います。
まず、「原作者」という位置付けになっているブノワ・ペータースは、作画担当のフランソワ・スクイテンの幼馴染だということですが、実に多彩に活躍している人ですね。スピルバーグ監督の映画として話題になっている『タンタンの冒険』の原作者エルジェの研究家としても高く評価され、また世界的に知られる現代哲学者ジャック・デリダの伝記も2010年に刊行したと伺っています。ペータースの活躍で、原さんが面白いと思うものがあれば教えて下さい。
A:
僕自身が関心を持っているのはBDの研究者の側面です。タンタン研究もそうですが、彼は理論的な本も書いてまして、こういう本もいずれ訳されるといいですよね。線が顔になるとき(人文書院)とマンガのシステム(青土社)が訳されているティエリ・グルンステンと共著でBDの始祖ロドルフ・テプフェールを論じた本もあり、非常に刺激的な論考を発表しています。
 
Q:
続いて、作画担当のフランソワ・スクイテンはベルギーのブリュッセル生まれということですが、今はどこを拠点に活動しているのでしょうか。「現在では、切手やポスターなど、ヨーロッパのいたるところでスクイテンのイラストを見ることができ」ると紹介されていたのですが、原さんがもっともお好きな画像を教えて下さい。
A:
お会いして聞いたわけではないので、詳しいことはわかりませんが、拠点はベルギーということでいいと思います。もっとも好きな画像というのは選ぶのが難しいですね。すばらしい絵がたくさんあるんですが、アートブックとかまできちんと追えていませんし……。とりあえず『古文書官』の表紙の絵は好きです。
 
Q:
今回、長らく単行本のかたちでは翻訳がされてこなかった『闇の国々』を手掛けられることになり、お二人ともたいへんなご苦労をされたことと思います。特にどのあたりに御心を砕かれたか、差し支えない範囲で教えてください。
A:
固有名詞は発音がわからないところが多く、これは原作者のペータースさんに何度も確認しました。翻訳全般に関しては、そのまま直訳してもニュアンスが伝わりにくいことが多く、編集者さんの意見も聞きつついろいろと工夫しなければならなかったりするのですが、まあ、これは他の作品も一緒ですかね。僕が担当したのは「狂騒のユルビカンド」と「塔」なのですが、当初、「狂騒のユルビカンド」の方が難しいだろうと思っていたのですが、実際には「塔」の方が苦労しました。たぶんジョヴァンニ・バッティスタのキャラがつかみにくかったんだと思います。あと、この作品については引用なりパロディーなりが隠されているんじゃないかと思って、いろいろ調べなければならないのがたいへんでしたね。
 
Q:
近年、海外マンガに対する理解が深まり、普及が進んでいるという印象があるのですが、原さんが今後翻訳を特に期待している作品などはありますでしょうか(原さんご自身が翻訳を手掛けるご予定の作品もあれば、大歓迎です)。また、これから海外マンガを開拓しようという読者のために、入門書となるような書籍、あるいはウェブページなどがあれば教えて下さい。(ちなみに私からは、上掲の原さんのご連載と、BD情報をまとめているブログ1000planchesを挙げたいと考えています)
A:
僕自身が手がける作品としては、まず2月末に河出書房新社から出版されるマルク=アントワーヌ・マチューの『3秒』があります。翻訳といってもほとんど訳すところはないんですが(笑)。
マルク=アントワーヌ・マチューは、彼の作品のすばらしさに思わずスクイテンが手紙を書いたというほどの才人なので、ぜひご注目ください。既に小学館集英社プロダクションからレヴォリュ美術館の地下が出版されています。あと3つほど出版が決まっている作品がありますが、残念ながらまだ発表できません(笑)。訳したいものは他にもいくらもありまして、ぜひやりたいのが、フレデリック・ペータースの『青い薬』(Frédérik Peeters, Pilules bleues)。エイズにかかった女性に恋するマンガ家の話なんですが、もう本当にすばらしい作品です。誰か僕に訳させてくれませんか(笑)? それから今年のアングレーム国際漫画祭にノミネートされているシリル・ペドロサの『ポルトガル』(Cyril Pedrosa, Portugal)、ちょっと毛色が違うものではフランソワ・エロールの『友だち』(François Ayrole, Les Amis)などなど。いくらでも出てきちゃいます。BDの入門書はちょうどいいのがないのですが、フランスコミック・アート展 2003本とコンピュータ2002年春号所収の「マンガホンコ フランス語圏のマンガ(BD)たち」、Pen「特集:世界のコミック大研究。」(阪急 コミュニケーションズ、2007年、No.204)、本になってないですが、貴田奈津子「9番目のアート バンド・デシネ案内」、ふらんす(1998年6月~1999年3月)、笠間直穂子「モノクロBDを撃て!――フランス漫画のアンダーワールド」『ふらんす』(2007年4月~9月)とか。最初にしては読み応えがあるかもしれませんが、古永真一さんのBD―第九の芸術(未知谷)もすばらしい本です。サイトについてはBDなり海外マンガに特化したものは現状これといってないと思いますが、2月頭から僕もお手伝いさせていただくBDのブログがオープンする予定(オープンしたようです!「邦訳BDガイド」やインタヴューなど、今後の充実が楽しみ(追記:ナガタ))です。かなり気合が入ったブログになる予定なので、楽しみにしていてください。
 

 
インタビューは以上です。
ご多忙中、ご協力くださった原正人さん、ありがとうございました。
 
インタビューの回答の中でも触れていらっしゃいますが、原氏の翻訳で、『闇の国々』の作者の一人スクイテンにもその異才を認められたというマルク=アントワーヌ・マチューの『3秒』が近日刊行されます。主人公の行動を予期するマンガ、ページをバッサリ切り抜いたマンガ――フランスのマンガ家、アントワーヌ・マチューは謎だ!!でもその異様なスタイルが紹介されていますので、刊行を待ちながら一読してみることをオススメします。
また、下記ページで、原書を立ち読みすることもできます。
BD Gest’ – Preview 3 Secondes Récit complet
 
今年もいよいよ盛り上がってきている海外マンガの日本への紹介、今後の展開が楽しみです。
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【原正人(はらまさと)氏 プロフィール】
1974年生まれ。学習院大学人文科学研究科フランス文学専攻博士前期課程修了。BDの専門誌EUROMANGA((飛鳥新社)で翻訳および執筆に携わる。訳書にニコラ・ド・クレシー著天空のビバンドム(飛鳥新社)、アレハンドロ・ホドロフスキー&メビウス著アンカル、ヴィンシュルスピノキオ、ブノワ・ペータース&フランソワ・スクイテン『闇の国々』(以上小学館集英社プロダクション、『闇の国々』は共訳)、メビウス著アニメとプロパガンダ(共訳、法政大学出版局)、マルク=アントワーヌ・マチュー『3秒』(河出書房新社近刊)がある。
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【関連書籍】


 

 
【関連ページ】

『闇の国々』 フランソワ・スクイテン&ブノワ・ペータースの世界展

2012年11月に、『闇の国々』のイラスト展が開催されるとのこと。
 

壮大なる謎の都市群~コミック『闇の国々』- メモリの藻屑 、記憶領域のゴミ

精力的に書評を挙げているブログでの詳細な作品紹介。
大きな画像もあります。
 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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