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変態小説の金字塔、堂々の復刊!『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』

小説の楽しみとは何だろうか。
物語を追って、登場人物とともに困難をかいくぐり、結末を迎えてカタルシスを得るものだろうか。
 
「20世紀を代表する小説家」こと、アイルランドのジェイムズ・ジョイス、フランスのマルセル・プルーストやルイ=フェルディナン・セリーヌ、オーストリアのフランツ・カフカ、アルゼンチンのホルヘ・ルイス・ボルヘスたち。
彼らと比肩しうる巨匠と称されるイタリアのカルロ・エミーリオ・ガッダの書く小説に、そういったカタルシスを求めると、まったく違った驚きと戸惑いを与えられることになる。
書評家として著名な豊崎由美氏が絶賛するガッダの代表作メルラーナ街の混沌たる殺人事件が、水声社から復刊することになったという。
小説ならではの愉しみを求める人、一味違った読書体験を求める人は是非手にとってみて欲しい。
 
メルラーナ街の混沌たる殺人事件 書影
 
読み始めは古典的なミステリ小説のように思えて、ページを繰っていくとだんだん「これは何なんだ?」という得体の知れない雰囲気に自分が包まれていくことに気付かされる。
ローマで起きた宝石盗難事件と殺人事件。解決のために奮闘する敏腕警部。迷走を極める捜査の果て、真犯人に読者は辿り着くことができるのか?
 
ガッダの小説は、技術用語を駆使(ガッダは元エンジニアなのだ)し、医学・生物学用語などの学術用語から、下世話きわまりない俗語、古今東西の外国語、最悪なことに作家本人にしかわからない造語まで含めた縦横無尽の単語を使って、難解な構文や古今の名文のパロディをちりばめられている。
イタリア語の原文では、統一政権が長らく成立せず、地方分権(というよりも多数の都市国家の群雄割拠)が今も根強いイタリアの国状を反映するかのように、互いに強烈に異なっている諸地方の方言も駆使されているので、この多方言による記述から、ガッダの小説はたびたび「翻訳不可能」だと言われてきた。
その「翻訳不可能」な書き方でもって、辛辣きわまりない、乾ききった笑いだけに満ちた「バロック的リアリズム」の世界が描かれ、読者たちは混沌とした世界の中を彷徨させられることになる。まさに変態小説の金字塔。
 
このような方言や造語、引用、多言語との錯綜を用いて小説に深みや味わい(深みとか味わいといった生易しいものではない破天荒な印象があるが)を与える手法自体は、ジョイスの『ユリシーズ』がおそらくもっとも有名であり、40年前に出版された本書の最初の邦訳ではその「読みづらさ」が知られることになった。今回の復刊では、あらためて「読みやすさ」を追求したことが強調されている。
どうしてこのような混沌とした物語が書かれたのか、というところにも意味がある。タイトルにも含まれているこの「混沌」だが、ガッダが意識していたのは間違いなくイタリア・ファシズムであった、と訳者の千種堅氏は語る。本書の『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』の舞台は、原書刊行時よりも30年も遡るムッソリーニ政権下のローマである。
作中の体制・世情の象徴であるムッソリーニを登場人物たちは悪しざまに罵るが、先述のとおり主人公は警察官なのである。つまり、まるで押井守監督の『パトレイバー』のように、体制の守護者である警察官こそが体制を批判するというパラドックスが発生し、そのパラドックスこそがあたかもメタフィクションのように小説の外側=読者たちの世界=現実にフィクションが触れる瞬間を生み出すことになる。ある種の読者は、この経験をカタルシスだと感じるかも知れない。
 
ガッダは、イタリア本国では軽蔑のアルベルト・モラヴィア、流刑』『月とかがり火のチェーザレ・パヴェーゼ、木のぼり男爵のイタロ・カルヴィーノ、そして映画『ソドムの市』でも知られるパゾリーニよりも重要な巨匠としてみなされているという。そのスタンスとしては、日本の作家で言うと筒井康隆がもっと早く生まれていたらこうなっていたかも知れないといえば近いだろうか。あらゆる感傷を廃し、暴力的なまでに異様さを追求するという点が似ているように思える。
 
【関連リンク】
blog 水声社 ≫ Blog Archive ≫ 《メルラーナ祭り in 立川》のご案内
2月に本書解説を担当した和田忠彦氏と、書評家の豊崎由美氏によるトークイベントが催されるとのこと。
 

刑事 Un maledetto Imbroglio (1959) – Audio-Visual Trivia
本書を原作にした映画。これはみてみたい…
 
評論は小説のように カルロ・エミリオ・ガッダ『ミラノ瞑想録』
三十五歳のガッダが書いた論考『ミラノ瞑想録』についての、図書新聞に投稿された評論。
「かれによれば、現実は複雑に折り重なった無数のシステムが常に変動し、高次のシステムへと志向する場である。」
 
C O R R E N T E
イタロ・カルヴィーノが遺作『アメリカの講義』で、敬愛するガッダの代表作『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』からガッダの生涯を論じている、と紹介している。
(PDF 4pめ)
 
>わたしはニューヨークの五番街のバスの中でサリンジャーを見かけた。 – your new book / ドチコ帳
書けない症候群に陥った作家たちの謎の時間を探る異色世界文学史小説バートルビーの仲間たちで、カフカやベケットを引き合いに出しながらガッダに言及しているくだりを紹介したブログ記事。
 
イタリア・ファシズムの芸術政治水声社 – 本が好き! Book ニュース
 

 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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