読書ガイド「本が好き!」が運営するニュースサイト

ヘリコプター四重奏、著名な楽団が空を飛んだわけ。『プルラモン』

世界的に名の知られているドイツの現代音楽作曲家シュトックハウゼンによる弦楽四重奏。
第1、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。そして4機のヘリコプター。
……ヘリコプター?!
 
そう、ヘリコプター。それぞれに4人の演奏者が分乗し、演奏会場の上空を叫びながら旋回する4機のヘリコプター。
あたりに響き渡るヘリコプターの爆音、電子的に増幅された演奏者の声と弦楽の調べ、狂気の果てのノイズミュージックと言ってしまえばとても簡単でしょう。
常人の理解を遥かに超えた発想による、たしかにほとんど狂気としか思えないようなこの楽曲の背後に何があったのか。
どういう理屈でこんな得体の知れない楽曲が、国際的に著名な四重奏楽団であるアルディッティ・カルテットを空に飛ばせたのか。
 
プルラモン 書影
 
生前のシュトックハウゼンと私的な交流もあった著者・清水穣氏による、現代思潮新社からの4冊目の論集プルラモン―単数にして複数の存在に収録されている「セリー、フォルメル、メディア」で、このヘリコプター四重奏がどのような流れで演奏されるのかを読むことができる。
 
※参考動画

 
ヘリコプター四重奏は、従来の「楽音」に留まらない音を使用しているという意味ではノイズミュージックの範疇に入るかも知れない。しかしヘリコプター四重奏は単なるデタラメではなく、厳密な理論によって導かれた、理知的であると同時に神秘性も帯びている作品なのだ。
背景を知らなければ、デタラメに楽器を引っ掻き回しているようにしか聞こえない「現代音楽」。その中心のひとつと看做されてきた「セリアリスム」という方法の思想的・感性学的な背景を、清水氏はこの文章で概説する。すでに他の多くの作曲家が活用し、音楽大学などでも広く教えられ、アドルノやドゥルーズたちのような同時代の思想家によっても言及されている、このセリアリスムという手法・思想については、本書で復習する必要はないかも知れない。本書で興味深いのは、シュトックハウゼンが独自にこのセリアリスムを展開させて作った「フォルメル」という手法の説明があることだろう。
 
シュトックハウゼンが注目したのは、セリアリススムの「種」「遺伝子」であるセリー(音列)が、総音列主義(トータルセリアリスム)とその極限である電子音楽において、異なる要素を「媒介して多重状態で認識させるメディア」として機能するということである、と清水氏は述べる。鼻歌のような単純なメロディであり、同時に作品全体を構造づけるセリーとしても機能するもの、これがシュトックハウゼン独特の「フォルメル」という方法なのだ。
 
そして、冒頭から触れているヘリコプター四重奏においては、演奏者であるアルディッティ・カルテットと作曲者シュトックハウゼンとが、ある点で対立する。その点に「メディア」に対するシュトックハウゼンならではのアプローチがあった。本書を読んだあとであらためてヘリコプター四重奏を聴くとき、何重にも織り込まれた意味の交響を聞くことができるだろう。
 
本書は、このシュトックハウゼン論のほか、東松照明論、吉永マサユキ論、杉本博司論などの写真論から、木村友紀論などのアート論、そして清水氏初の陶芸論まで、題目だけをみると収束することのないごった煮のように様相を呈している。しかし、本書の副題(単数にして複数の存在、これは書名「プルラモン」の翻訳でもある)が示唆するように、それぞれ論は、対象となる作家や作品が「多重性を持っていること」を執拗なほどに指摘し続ける。
 
写真と陶芸とが、どちらも「焼く」ものであり、両者とも透明と濁りの二重体(レンズと光学反応・透明釉と胎土)であるという点で近いという指摘は本書ならではのユニークなもの。
特に、ゲルハルト・リヒターのOverpainted Photographsというシリーズにおける「非物質的で透明な面=描かれたのではない面」をレイヤー(仮象=Scheinであり、イリュージョンを支える不可視のミラージュ)だと指摘することでモダニズムとポップアート以降の言説を接続し、支持体としての性格と透明性を併せ持つレイヤーという概念を深めていくくだりは非常に興味深い。
本書は現代音楽と陶芸によって拡張される写真論であり、同時に写真論によって拡張される認識論だと言えるだろう。単なるメディア論にも視覚論にも陥らない意欲的な1冊。
 
目次
==================================================

写真
 「色相と肌触り 長崎」―東松照明論 
 アイデンティティ、典型、そしてエロス―吉永マサユキの『若き日本人の肖像』 
 コラージュと固有色―柴田敏雄の新作カラー写真によせて 
 永遠の仮構と復元―杉本博司論 
 コラージュとプレゼントネス―スティーヴン・ショアとマイケル・フリード 
 Moving Photographs―松江泰治のデジタル写真 
 「写真原点」の形成―中平卓馬のマガジンワークによせて 
 Naked Photography―中平卓馬Documentaryとキリカエ 
 開かれたメモワール―古屋誠一の『メモワール』完結 
 
音楽
 セリー、フォルメル、メディア―シュトックハウゼンの『ヘリコプター弦楽四重奏曲』
 パリのシュトックハウゼン1952. 1. 16 – 1953. 3 .27 
 
アート
 事後性を現像する―木村友紀のファウンド・フォト・インスタレーション 
 記憶の現在形―木村友紀「一九四〇年は月曜日から始まる閏年」展評 
 凍らない音楽―幻の「はっぱとはらっぱ」展のために 
 
陶芸
 陶芸の「勢い」について―鯉江良二論 
 北宋汝窯青磁考古発掘成果展―大阪市立東洋陶磁美術館 
 「色」の変容―汝窯のその後―東洋陶磁美術館「幻の名窯 南宋修内司官窯」展展評 
 「眼」の力とは何か―浅川伯教・巧兄弟の心と眼「朝鮮時代の美」 
 見立ての虚実―「古道具坂田」展によせて
==================================================
 
【関連リンク】

○○| XupoakuOu : 野々村禎彦氏寄稿「シュトックハウゼン素描」

1/29にシュトックハウゼンのピアノ曲をまとめて演奏する予定の世界的なピアニスト大井浩明氏のブログに、野々村禎彦氏が寄稿した「シュトックハウゼン素描」が掲載されています。
相変わらず、論考は明晰でわかりやすいのに大して、添えられている画像が意味不明かつインパクト大で面白いです。
「母は精神を患ってナチスに処分され、左翼シンパとして秘密警察に監視されていた父も前線に志願して戦死」…って壮絶な青年時代ですね、シュトックハウゼン。
 

Gerhard Richter » Art » Overpainted Photographs » Untitled (18.1.89)
Gerhard Richter ≫ Art ≫ Overpainted Photographs ≫ Untitled (22.1.2000, Firenze)
Gerhard Richter ≫ Art ≫ Overpainted Photographs ≫ Untitled (2.2.2000, Firenze)
Gerhard Richter » Art » Overpainted Photographs » Untitled (6.2.2000, Firenze)
「現在もっとも高値で取引される現代美術家」ことゲルハルト・リヒターの「Overpainted Photographs」シリーズのなかから。
写真に撮られた光景と、油絵の具による色彩の「間」に、厚さの無い平面=レイヤーが作られている。
このレイヤーの上に油絵の具が乗り、その色彩が通常は絵画を構成する。
清水氏はリヒターがこの絵画を構成する色彩が乗る「場」としてのレイヤーをリヒターが可視化したことを指摘している。
 
大井 浩明 Portraits of Composers
シュトックハウゼン歿後5周年・初期クラヴィア曲集成が2012年1月に予定されている。
 
フォルメル技法講義内容の補足(再アップ) – KLANG weblog
本書の著者である清水穣氏と並ぶ、国内のシュトックハウゼン専門家でもある声楽家、松平敬氏のブログ。
フォルメル技法とヘリコプターカルテットについて触れられています。
 
メディア論 ブックガイドシリーズ 基本の30冊人文書院 – 本が好き! Book ニュース
現代音楽キーワード事典春秋社 – 本が好き! Book ニュース
林道郎氏レクチャー「マイケル・フリード『なぜ写真はいま、かつてないほど美術として重要なのか』をめぐって(終了) – 本が好き! Book ニュース
言説、形象(ディスクール、フィギュール)法政大学出版局 – 本が好き! Book ニュース
表象 05 特集:ネゴシエーションとしてのアート月曜社 – 本が好き! Book ニュース
 
 
 
============================================================================
【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
============================================================================
「BOOKニュース」では出版系のイベントからマニアックな新刊情報まで、本に関する情報を収集して紹介しています。
ユニークな本を出される出版社様、紹介させていただきたいので是非BOOKニュース宛に新刊を送ってください!
RSSフィード購読はこちら。
twitterアカウント(@honzuki_news)でもときおり呟いております。

コメント

コメントをお寄せください。

コメントの投稿

コメント(必須)