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【新刊】『言説、形象(ディスクール、フィギュール)』法政大学出版局

僕の検索の仕方が悪いんだと思うのですが、本書について触れているブログが見つからないのはどういうことなんでしょうか。
まさか誰も読んでないんでしょうか。
監修者の合田正人氏も書いているとおり本書は「20世紀屈指の哲学的名著」だと思います。
また、「みんなが大好きな」ラカンに対する批判も含まれていたりして(解説で合田氏も「そこらへん誰か論じてないのか」と挑発的なことも書いているのに)、非常に刺激的な本なのに、読書感想文的なエントリがまったく見つかりません。
40年目にしてようやくの邦訳(英訳にも同じくらい時間がかかった)であること、英語版ではかのリオ・ベルサーニをしてまっさきに「文化理論にとって、きわめて重要な著作」と背表紙に書かせていること、現代の美術批評の中心人物のひとりであるロザリンド・クラウスが頻繁に言及している重要な論考であることを考えると、不気味なほどの沈黙があると言わざるをえません。
 
法政大学出版局(http://www.h-up.com/)は、9月にジャン・フランソワ・リオタールの国家博士論文で初の邦訳となる大著言説、形象(ディスクール、フィギュール)を発売した。
 
言説、形象 書影
 
本書は、ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲームによって1970年代以降にいわゆるフランス現代思想のポストモダン、ポストモダニズムの代表的な思想家として知られることになった著者が、精神分析や言語哲学、マルクス主義や現象学を主題にして書いた初期の主著。
原書が刊行されたのが1971年、スペイン語に翻訳されたのは1979年、そして実に40年を経てイタリア語版、英語版、この日本語版が出るに至った。
 
目次
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形象的なものの決意
  不透明性としての形象的なもの
  真理としての形象的なもの
  出来事としての形象的なもの
《意義と指示》
弁証法、人差し指、形式
  体系内と体系外の否定
  弁証法と指示詞
  象徴の内在性とされるもの
  直喩の外在性とされるもの
逆過程と超反省
  超反省──現象学の希望
  身振りではなく逆過程
  思考の形象──『骰子一擲』
言語記号?
  いかなる不在?
  表現、意義、指示
  二重分節と抑圧
体系における厚みの効果
  場
  意義から価値へ
  不透明性の強迫
言説の縁にある厚み
  指向、意義、表現
  換入とその限界
〈否〉と対象の定立
  〈然り〉としての〈否〉
  否定と死の欲動
対立と差異
  二者択一の彼岸
  非人間の性
  対立は表意的差異である
  ある作業の痕跡
  性と配置(dispositio)
  時間は抑圧する
  側面性
《欲望の「歴史」の一断章をめぐるヴェドゥータ》
  中立的空間と言説の定立
  ロマンス語のミニアチュール写本における形象とテクスト
  ロマンス語作品におけるテクストと形象
  新たな哲学の空間
  絵画的空間の回転
  逆回転
《他なる空間》
線と文字

  読めるものと見えるもの
  語る絵画
  幻想的エクリチュールの貧しさ
  狭間世界、幻想の彼方
「夢作業は思考しない」
  Ⅰ 歪曲
  Ⅱ 隠喩と言説
  Ⅲ 二次加工の偽書記法
欲望と形象的なものとの共謀
  欲望の空間
  諸形象
言説における欲望
  認識と真理
  形象的なものはいかにして言説のうちに現前しているか
  現実性の乏しさに関する余談
  隠喩と身振り
  いくつかの隠喩──それらの身振りはどこにあるのか
  現象学と共同本性性
  和解としての表現
  判じ物(loquitur)
  判じ物は言説を加工する……
  ……そして造形的空間を加工する
  判じ物と規則
  テクスト内主義とテクスト外主義
  意味の場所
  詩的狂気の理性的な一覧表
  誰がどのように加工するのか
  隔たりの再認とその回収
  一種の「感情的」言語
  もうひとつの「感情的言語」
  おとりは像に固執しない
  詩的なものは脱構築に固執する
形説・言象、幻想のユートピア
  §1 偽起源的な場
  §2 幻想の一覧表
  §3 欲動の運命
  §4 言語代表の運命
  §5 物代表の運命
  §6 「叩く」
回帰、自己‐説明、二重の逆転
  回帰と詩的なもの
  浮遊的テクスト‐対象
  シェイクスピアの挿話
  浮遊的聴取と二重の逆転
  シェイクスピアの挿話
 
解説 岸辺のない漂流  合田正人
訳者あとがき  三浦直希
図と図版の解説付き一覧/引用文献/索引
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★「本が好き!」編集部ナガタのコメント★
本書は、
・言説(ディスクール):言葉で語られること
・形象(フィギュール):心的エネルギー、イメージや出来事によって明示されるもの

の対立を論じたもの。
 
本書が発表された1971年当時、新左翼運動の高まりとともに、「実存主義」と呼ばれる思想が、現象学とマルクス主義の言わば臨界点として現れてきていました。これに対し、著者のリオタールは、本書で精神分析と記号学・言語学の知見を動員し、「言説と形象の関係」を解明しようとした、と言えます。本書は、デリダのエクリチュールと差異声と現象にも註で批判的に触れながら、実存主義を批判したという側面があります。
 
実存主義隆盛の背景には、冷戦体制があります。20世紀になってから勃興してきたアメリカ合衆国とソビエト連邦や中華人民共和国といった大国と、それら大国間の国際的な将来とが、どうなるかわからないという不安が蔓延していました。自由主義の中心はアメリカ合衆国に移り消費主義と成り果て、理想主義の極北としての社会主義はソビエト連邦と中華人民共和国で実現し、20世紀中葉のヨーロッパの知識人たちはアイデンティティクライシスに陥っていました。ヨーロッパの知識人たちは、アメリカ合衆国にもソビエト連邦にもない伝統的なヨーロッパというアイデンティティに立ち返るか、あるいはその消費主義と理想主義を掛け合わせた更に新しい思想を生み出すかという二者択一を迫られていた、という状況です。
 
この時代、血気盛んな若者たちの多くは、回顧的な伝統主義を追認するよりも自ら新しい思想を生み出すことに躍起になります。1970年代以降の過激な政治思想運動の原動力のひとつとして、少なくともこのような動機があったことは否定できないと思います。そして本書は、そのような若者たちが街に溢れている状況下で書かれました。
 
リオタールの名を世界的に(つまりフランス以外にも)有名にしたのは、ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲームです。その「ポストモダン」観は「大きな物語の終焉」=「マルクス主義の影響力の失墜」として理解されがちですが、実はリオタール本人がこの理解を何度も否定しているということはあまり知られていません。
イギリスの批評家テリー・イーグルトンはアフター・セオリーなどで「リオタールはマルクス主義の影響力が失墜したという意味で大きな物語が失墜したと言った」と解説しています。しかし、これはよくある誤解を助長する表現です。リオタールが『ポスト・モダンの条件』で述べていたのは、「様々な科学領野を一貫して正当化しうる思想」がばらばらになってしまう、ということです。
 
イーグルトンが指摘したとおり、リオタールにとっての「大きな物語」とは、確かに第一には「マルクス主義」であったかも知れません。しかし、より厳密に言えば、リオタールが指摘したかったのは、当時のマルクス主義に「期待されていたもの」、つまり「マルクス主義そのもの」ではなく、様々な学問分野の正当性を支える思想的な基盤のことだった、ということが重要です。
 
哲学はかつて、あらゆる学問の「正しさ」を保証するための学問として機能していました。カントやヘーゲルを経て、マルクスの思想は1970年前後は当時の「正しさ」の基礎付けとして機能することを期待されていたのです。リオタールが指摘したことは、その「正しさ」の基礎付けが成立し得ない状況が生まれているということです。
 
リオタールの指摘した「大きな物語の終焉」を、単に「マルクス主義の影響力が失墜した」と捉えてしまうと、そのことはソビエト連邦の崩壊によって「歴史的に証明された」ということになってしまいます。この理解は正確ではありません。リオタールは、あらゆる学問が互いに前提にすることができる「正しさ」を失ったのだということを指摘したのです。
 
『ポスト・モダンの条件』がアメリカで出版されたのは、1980年代初頭、悪名高いボードリヤールの書籍『シミュレーションズ』が刊行され、フレデリック・ジェイムソンの論文「ポストモダニズムと消費社会」が発表され、「ポストモダン」という言葉がアメリカの思想家たちのあいだで話題を集めていた頃です。
キーパーソンで読むポストモダニズムには、これらは先行して知的流行を生んでいたデリダの「脱構築」理論と比べて、「比較的に理論だっていなかったことが大きな反響を生んだ」と書かれています。
本書が40年間も日米で翻訳されなかった理由として、本書が冷戦構造下で消費主義の礼賛になりにくい内容だったから、ということも言えるかも知れません。
 
しかし、英語版の裏表紙にアメリカの精神分析論・文化論・クィア論研究者のレオ・ベルサーニが「文化理論にとって、きわめて重要な著作」という推薦文を寄せたように、現在の消費主義社会で流通するイメージを分析するために、本書は「きわめて重要」なものです。
アメリカの美術評論家R.E.クラウスは、本書の英訳前から本書に注目し、たびたび自著のなかで言及しています。単に「たびたび言及している」というに留まらず、グリーンバーグやフリードといった戦後アメリカを代表する美術批評の大家を批判し、20世紀後半からより現代的な美術論を作っていくためには本書の思想が不可欠だったと言っても言い過ぎではないと思います。
 
グリーンバーグが無視した、シュルレアリスム美術やアメリカの新しい美術の動向に認められる「露骨に性的な表現」や、その「暴力的な側面」をクラウスが評価する際に本書が参照されたように、芸術の高みに到達していないような表象全般についても本書の理論を適用することができます。芸術が、高尚さを疑われ、スキャンダリズムやヴァンダリズム(破壊行為や迷惑行為)すらも芸術的なパフォーマンスに含めることが可能になった現在、本書の理論は無視できない重要さを持っています。
 
最近邦訳されたクラウスとイヴ=アラン・ボワのアンフォルム 無形なものの事典では、本書の後半でリオタールがフロイトの論文を分析している箇所を再三にわたって引用します。それは現代思想に絶大な影響を及ぼしたラカンの解釈とはズレる、リオタールならではのフロイトの読み替えで、本書の肝を成す部分でもあり、またグリーンバーグに対してクラウスが自らの新しさを主張しうる部分、つまり空間の無時間性、カントの頃から言われていた、時間と空間の区別が、夢や精神のレベル、つまり芸術の鑑賞や消費行動の最中にあっては、なくなってしまうということです。
 
斎藤環氏のキャラクター精神分析はラカンの理論を援用して、キャラクターとマンガやアニメの登場人物について論じていました。そのラカンのセミネール(講習会)に一時期出席していたというリオタールによる『言説、形象』でのラカン批判と読み合わせていくことで、どことなくマンネリ感の漂いはじめた斉藤環氏の文化論を読み換えることが可能かも知れません。

【関連リンク】
リオタール『言説、形象』:で、結局なんなの? 無意味な本。 – 山形浩生 の「経済のトリセツ」
ようやく他の人の書評が読める、と思ったら山形浩生氏によるボロカスなこきおろしでした。
「お好きなら隅っこで適当にやってて」というのはまさにポストモダン的な指摘だと思うのですが、この本が本当に無意味だったら悲しいなあ…。
 
SITE ZERO | リズム=変身(メタリュトモーズ)──ピエール・ソヴァネ
『ギリシアのリズム──ヘラクレイトスからアリストテレスへ』(PUF、1999[未訳])|千葉雅也

本書で重要な位置づけを与えられている「律動」と共鳴する、リズム論についての書評。
 
週刊俳句 Haiku Weekly: 佐藤雄一ロングインタビュー10,000字
若き現代詩人・佐藤雄一氏へのインタビュー。独自のリズム論が語られています。
「twitterもskypeもHIP HOPも現代詩だ」と断言する佐藤氏の今後の活躍からは目が離せません。
 
インデックス | 現代美術用語辞典ver.2.0 β版
着々と再編纂が進められている「artscape」の現代美術用語辞典ver.2.0のβ版における「インデックス」の項。
リオタールの崇高論に詳しい星野太氏による解説。
インデックスはアメリカのなかば秘教的な思想家となってしまっている哲学者C.S.パースの用語だが、『言説、形象』においてリオタールも重視した概念。
 
メディア論 ブックガイドシリーズ 基本の30冊人文書院 – 本が好き! Book ニュース
幻視とレアリスム: クールベからピサロへ フランス近代絵画の再考人文書院 – 本が好き! Book ニュース
『ラカン派精神分析の治療論 理論と実践の交点』誠信書房-編集者インタビュー – 本が好き! Book ニュース
表象 05 特集:ネゴシエーションとしてのアート月曜社 – 本が好き! Book ニュース
 
・本が好き! レオ・ベルサーニ 『フロイト的身体―精神分析と美学
・本が好き! オリジナリティと反復―ロザリンド・クラウス美術評論集
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・本が好き! 批評空間 (第2期臨時増刊号) モダニズムのハード・コア―現代美術批評の地平
 
 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々とし、現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
「BOOKニュース」では出版系のイベントからマニアックな新刊情報まで、本に関する情報を収集して紹介しています。
ユニークな本を出される出版社様、紹介させていただきたいので是非BOOKニュース宛に新刊を送ってください!
twitterアカウント(@honzuki_news)でもときおり呟いております。

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