読書ガイド「本が好き!」が運営するニュースサイト

【新刊】『ラカン派精神分析の治療論 理論と実践の交点』誠信書房-編集者インタビュー

「本が好き!」編集部のナガタです。

新刊を調べていたら誠信書房(http://www.seishinshobo.co.jp/)のラカン派精神分析の治療論 理論と実践の交点というたいへん興味深い本を見つけました。6月16日発売の新刊です。

ラカン派精神分析の治療論 書影

精神分析と言えば、その開祖として名高いジークムント・フロイトの名前を真っ先に思い浮かべる人が多いでしょう。
次に、そのフロイトの弟子のカール・グスタフ・ユングが日本では有名です(文化庁長官までつとめた心理学者・河合隼雄氏が専門としていたことでも知られています)。

ラカンは、開祖フロイトの理論をとても抽象度の高い、ほとんど哲学的なレベルにまで引き上げたことが評価されています。
他方で、その治療法や実践についてはあまり語られてきませんでした。
「ラカン派の精神分析は実際の治療には向いていない。ただし文学や哲学や批評には有用だよね」と、当たり前のように本に書かれているのをよく目にすることがあります。
でも本当にそうなのでしょうか。
理論的には優れているのに、もともとの目的だった治療には向いていない、などということがあるのでしょうか。
本書『ラカン派精神分析の治療論 理論と実践の交点』はこの問いに端的に回答してくれます。

本書の編集を担当された児島雅弘さんにインタビューをお願いしたところ、幸いなことにご快諾いただいたので誠信書房に行ってきました。

写真 (3)

インタビューにお伺いしたときは、まだ見本誌が出来上がっていない状態でした。
ラカンタイトル
ちなみに表紙に使われているのは、本書の著者がパリ留学時代に撮影したという、ラカンの墓石。意味深です。


本が好き!ナガタ(以下:本):
まずは本書を出そうと思われたきっかけを教えていただけますか?

児島雅弘氏(以下児島氏):
きっかけと言えば、著者の赤坂和哉さんの上智大学の博士論文を査読された藤山直樹先生から紹介していただいたことです。
本書はその博論がもとになっているんです。
1973年生まれの著者・赤坂さんがフランスに留学してパリ第8大学で精神分析を学んで戻ってこられて。
この本が赤坂さんの最初の本ということになります。

本:
パリで赤坂さんが講義を受けていた、ミレール氏という方はどのような方なのでしょうか。

児島氏:
ラカンの娘婿でラカンの講義録をまとめたりもしている事実上の後継者です。
本書のタイトルにもあるように「ラカン派」というものがあるのですが、その代表的な人物です。
ただ、精神分析は団体がどんどん分裂していくので、簡単には説明ができません。
ラカン自身ももともとはパリ精神分析協会に属し、その会長にまでなったのに、のちにパリ・フロイト派を立ち上げた人です。
このパリ・フロイト派も、ラカンの晩年に解散してしまいます。
ラカンの死後はミレール氏を中心とする「フロイトの大義派」と呼ばれる団体が主流派ですが、他にも分派はいろいろあります。

本:
ラカン派に限らず、精神分析という学問は、派閥がたくさんあってどんどん分裂していく印象があります。
ところで、日本ではラカン派の精神分析を採用しているお医者さんはどれくらいいるのでしょうか。

児島氏:
ほとんどいない、と言っていいくらいだと思います。
ただ、本書の著者の赤坂さんは実際に臨床にあたっていますし、サントリー学芸賞を受賞された夢分析を書かれた新宮一成氏も精神分析医です。
少ないとはいえ、まったく不在というわけでもない。
本書では、赤坂さんが実際に使っている手法について、自分の実例を挙げながら解説しています。
たとえばアメリカにはDSM(『精神疾患の診断と統計の手引き』精神疾患の判定をする診断と治療の方針をまとめたもの)があるのですが、赤坂さんはそういった画一的な手法によるアメリカ式の治療と、自身の例を具体的に比較して語っています。

本:
それは興味深いですね。
ラカンというと、哲学や文学には有効だけれど臨床では役に立たないというようなことがよく言われると思うのですが、本書はカウンセリングの現場の人にも役立つかも知れないですね。

児島氏:
赤坂さんは、「ラカン派の意義」という本書の巻末のあたり、締め括りでまさにDSMとの対立にこそラカン派の意義があるのだ、と書いています。
たとえば鬱病で自殺した人の7~8割は、医者にかかっていながら自殺を実行しているんです。
つまり、医者は彼らを救えていないんですね。

本:
もっぱら理論的なものでしかないと解釈されがちなラカン派の、今まであまり光を当ててこられなかった部分を論じているという意味で、とても興味深いです。
また、具体的な実例が挙げられているということで、とても読みやすくなっているという印象を受けました。
ラカン派の精神分析というと、ことさら難解な用語が有名だと思うのですが、本書ではそのあたりはどうなっているのでしょうか。

児島氏:
専門的にラカンを読んでいる人以外にも読めるように、巻頭に簡単な用語集を付けています。
また、本書の前にラカン派精神分析入門を読んでいただくと、いっそうわかりやすくなると思います。
さきほど名前を挙げた新宮一成氏が帯に推薦文を寄せてくれました。
写真 (1)

本:
ほかに併せて読める本はありますか?

児島氏:
ラカンとはまったく別の理論体系になるのですが、アメリカの「ポスト・フロイト派」と呼ばれる臨床実践を紹介した、精神分析治療で本当に大切なこと ポスト・フロイト派の臨床実践からですね。
これも今までなかった、実際の現場で役に立つ本です。
アメリカで勉強してきた青木滋昌さんという方が著者なのですが、内容が面白くてあっというまに読み終えてしまう。
これも具体的な治療の現場を挙げて書かれていて、ほんとうに、感動してしまう本です。
多くの人に読んでもらいたいですね。
写真 (2)

本:
なるほど、それは是非読んでみたいです。
・・・最後に、児島さんのことを少し教えていただけませんか。
最近読んだ本とか、マンガとか。

児島氏:
私ですか?
ジジェクの翻訳やバレエの研究で有名な鈴木晶さんのブログできのう何食べた?を知って、先日読みました。
私はもともと心理学を勉強していて、学生時代は構造主義の時代でした。
フロイトやピアジェについての授業のときにラカンの有名な「無意識は言語のように構造化されている」というフレーズを知ってハッとしたのを覚えています。
最近は、今まで読んでいなかったので、東浩紀氏や斎藤環氏の本を読んでいます。
小説では村上春樹が好きですね。

本:
ありがとうございました。

★インタビューを終えて★
批評家・東浩紀氏がデビュー作存在論的、郵便的でフランスの哲学者ジャック・デリダを分析する際に批判的に取り上げられた思想家の一人でもあるラカン。
3万部という、人文書、それもデビュー作であることを考えればまさに驚異的な売り上げと指示を獲得した『夜戦と永遠で著者の佐々木中氏が論じた3人の思想家の最初の一人もラカンでした。
そして、精神科医として臨床にあたりながら、評論家として無数の媒体に刺激的な論考を発表し続けている斎藤環氏も、ラカンの思想に依拠することが多い。
しかしいま挙げた三人のうちのいずれも、明確には「ラカン派の治療」についての実例を挙げた治療論を書いていません(斎藤環氏は微妙なところではありますが)。
ラカンの理論が難解であることに加え、インタビューにも出てきたDSMのように明確に「治療」を定義する手法が世の中の趨勢に支持されているからだと思います。
本書は、ラカンやラカン派の思想に詳しくなくても読めるように配慮されて書かれていますが、他方でこのような「明確に治療を定義すること」に対するとても懐疑的な、つまり世間の趨勢に対して挑戦的なスタンスで書かれているように読めました。
ラカンただひとりを特権的に扱うのではなく、ラカン派やラカン派以外の様々な理論を参照しながら、精神にとっての「意味の問題」に真摯に向き合おうとする著者の態度には深く胸を打たれました。
 
【関連リンク】
リオタール『言説、形象(ディスクール、フィギュール)法政大学出版局 – 本が好き! Book ニュース
・笠井潔『吸血鬼と精神分析光文社 – 本が好き! Book ニュース
 
C・G・ユング+河合隼雄フェア開催中 – 本が好き! Book ニュース
本が好き! 東浩紀『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』
本が好き! 佐々木中『夜戦と永遠 フーコー・ラカン・ルジャンドル』
本が好き! 斎藤環『ひきこもりはなぜ「治る」のか?―精神分析的アプローチ』
本が好き! 斎藤環『生き延びるためのラカン』
本が好き! 『ラカン派精神分析入門』
本が好き! 新宮一成『夢分析』
本が好き! 青木滋昌『精神分析治療で本当に大切なこと ポスト・フロイト派の臨床実践から』

コメント

コメントの投稿

コメント(必須)