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濱野のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください!

「濱野智史さんが書いた『前田敦子はキリストを超えた』という本が話題になっているらしいじゃないか。Bookニュースで是非とりあげなさい」という社長命令が下ったのは、この本のタイトルが巷を賑わしていた頃。先日とうとう発売されたこの本、一部では賛否両論が巻き起こっているようです。
しかし実際のところ、この本を読んだ人というのはどれくらいいるのでしょうか。そしてそれ以前に、この本、「本当に読むに値するのでしょうか?!」。
 
そこで「この本はアリだ」と断言する、ライターの飯田一史さんに本書の紹介をお願いしてみました。
 

「中二病っぽいもの……うーん、十字架とか描いても大丈夫ですかね?」
「大丈夫大丈夫! 濱野さんはもっとすごいことやってるから!」

 
こないだNHKのオタク系情報番組に出演した。
貸しスタジオの一室が学校の教室みたいになっていて、僕はそこで「中二病について『先生』っぽくしゃべってください」という謎のオーダーを受けて、教壇に立ちながらお話させていただいたんだけど(くわしくは2ちゃんのまとめサイトで「NHK 中二病」で検索してね)、そのときADさんが黒板にチョークで中二病ふうのモチーフをあれこれ描いていて、そんな会話になった。
そのADさん、中学時代に藤崎竜のマンガ封神演義を読んで、ガチで天上界があると信じてたらしいけど、それはさておき。
 
その番組の制作会社のディレクターさんも取材したという気鋭の論客・濱野智史による前田敦子はキリストを超えた――〈宗教〉としてのAKB48
 
この書名が発表されるや否や、発売前から「不謹慎だ」と叩かれに叩かれ「祭り」となったこの本、発売してすぐくらいに僕が近所の書店に行ったら平台どころか新刊なのに棚に刺さっていた
 
本が出る前に祭り終わったんすかwww
 
と思ったけど、僕はね、言いたい。
 
それはもったいない。
こらすごい本だ。

 
タイトルが「ビートルズはキリストを超えた」から取ったとか、平岡正明の山口百恵は菩薩であるのもじりだとかいろいろ言われてたけど、僕はこれが一番近いのは、
 
「俺は尾崎豊を超えていると思う。歴史を作る」
「俺はカート・コバーンの生まれかわりだ」
「最高の俺は他人は当然、俺自身も超えられない」
 
という押尾学の発言だと思う。
押尾学がカート・コバーンや尾崎豊、オアシスを超えたように、前田敦子もキリストを超えたんや……。
 
『前キリ』から、文章を引いてみよう。

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しかし、筆者は確信している。AKBは人類の歴史を確実に変えると。
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AKBという宗教運動に肉薄するための、「聖書」のようなテクストを書かねばならぬ。これが筆者のいま現在の決意である。
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もちろん、天皇とキリストを並置するなど乱暴の極みではあるが、さしあたっては利他性が人を感染させ正統性を帯びた超越者になるという点でいえば、機能的には等価である。何より私自身も、小林の天皇論に触発される形で、「前田敦子は天皇である」という小文を書いたことがある(『わしズム』復刊第一号、幻冬舎、二〇一二年)。
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(あっちゃんはキリストを超えた天皇らしいで……!)
 
押尾学は言っていた。「天は俺の上に人を造らず」と。
感動的なまでに客観性ゼロで突き抜けているところが、お塩語録に似てる。
 
……この本、ほんっとうに、腹から笑った。ゲラゲラ笑い転げながら読んだ。
キラーフレーズが満載すぎる。
 

 
 
■神秘体験としてのAKB
しかも濱野さんは120%マジでこういうことを言っている。そこがすごい。
 
濱野さんは、あっちゃんが自分のアンチと向き合いながら「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」と言った日本武道館の舞台に立ち、

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この自らを切り裂くような悲痛なまでの願いに、AKBヲタは震撼せざるをえない。その徹底した利他性に感染せざるをえないのだ。
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という体験を経て、AKBに入信したという。
 
この本も、あっちゃん同様の、徹底した利他性に貫かれている。
絶対に「売らんかな」でつけたタイトルではない。
本気で前田敦子がキリストを超えたと信じ、AKBを布教するために死ぬ覚悟で彼は語っているのだ。
だから私はここで言っておかねばならぬ。
 
濱野のことが嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください。
 
と。
 
 
ところでこの本、読みながら「なんかに近いなあ」と思ってたんだけど、気づいてしまった。
 
中沢新一がチベット密教(原始仏教)に潜入修行したチベットのモーツァルト虹の階梯
文化人類学者だったカルロス・カスタネダがメキシコの砂漠に住まうインディアン(呪術師)の元に修行した体験を綴ったドン・ファンの教えシリーズ
ロシアの思想家ピョートル・ウスペンスキーが神秘家グルジェフとの出会いから独立までを記した奇蹟を求めて
 
こういう、神秘体験を理論的に記述しようとした本に似てる。
 
中沢新一の『虹の階梯』はオウム真理教が修行体系をつくるときに元ネタにしたことで有名だけど、『前キリ』はAKBの宗教性について「オウムとコギャルを巧妙に合成した」と書いている(どういう意味で言ってるのかは本にあたってください)。
 
中沢もカスタネダもウスペンスキーも、本人以外には到底わからないような神秘体験をして人生が変わっちゃって、幻覚サボテン食ってふだん見えないような何かが見えたり鳥やコヨーテに変身しちゃったりして、だけどそれを学者としてのスキルを総動員して体系的に言語化しようとしている。

      

濱野さんもまったく同じだ。
 

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おそらく、AKBを知らない「外部」にいる読者は、現時点では何を言っているのかまったくわからないであろう。
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って言うんだけど、これって精神世界系の本の典型的なオープニングだよ!!!
最初は信じてなかったのに内側に入っていくと世界の真理に触れちゃうパターンだよ!
 
中沢もカスタネダもウスペンスキーも、神秘体験を書いた本を出した結果、アカデミズムからは煙たがられて「あいつ終わったな」と言われつつ、しかしカルトのグルになっていく。たぶんそれは、幸せな人生だったのだろうと思う。
 
エクスペリエンスした人間にとっては真実だが、してない人間にはうさんくさいものにしか見えない」という神秘思想のむずかしさを『前キリ』も抱えている。
あなたは他にも似たような信仰告白を聞いたことがあるはずだ。
 
「『Fate』は文学」
「『AIR』は芸術」
「『CLANNAD』は人生」

……。
 
カスタネダが師匠であるドン・ファンから「知識とは蛾のようなものだ」とか意味のわからんことを言われ、一生懸命どういうことなのかつかもうとするように、濱野さんもAKB48の「僕の太陽」の歌詞を聴いて「そう、推していくしかない。たとえどれだけアンチがつこうとも」と悟りを開いてしまうのだ。

 
 
……客観的に見れば、ただの深読みなんだけど。
でも主観的には真実。誰にも否定できない。
 
ドン・ファンはときどき「いやお前、それテキトーに言ってるだけだろ」ってことばを弟子のカスタネダに対して放つ。
でも受け手がマジでさえあれば、どんなフレーズでも真理になる
アイドル評論と神秘思想は同じだ。
 
 
■でも、わかるよ……
とまあ、ここまではツッコミ目線で書いてきたんだけど……。
 
この本、家でロメロのゾンビ映画をBGVにしながら読んだんだ
おそろしい気持ちになったよ。
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』よりも『前キリ』のほうが背筋が凍るような体験の連続だったんだから。記述の90%にドン引きして、怖気が走った。
 
だけど、残りの10%の部分に関しては、
本当は僕だって少しはわかるんだ、オタの快楽のこと――
 
 

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劇場では、観客のヲタが「フリコピ」というダンスの振りを真似る行為もよく見られる。推しメンとレスが成立しながら、フリコピがおこるとき、それはたとえようもない合一(シンクロ)の快楽がもたらされる。これまで「ロマン主義」が夢見てきたような「崇高なもの」との合一ではなく、あくまで「小さなかよわき存在」としての合一。それは「宗教的」としかいいようのない崇高な体験である。
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その瞬間、目線が合ったのである。あの瞬間は忘れられない。ぱるるは、すぐに目線を外そうとした。自分も恥ずかしいので目線を思わず外そうとしてしまう。でも、また目線を向ける。その数秒後、また合ったような気がする瞬間が来る……。
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ぱるるは成長が見えない。成長する気もない。やる気が見えない。2ちゃんねるのぱるるアンチたちは、常にそういってぱるるを口汚く批判する。しかしそんなことはない。ぱるるをこの一年近く推してきた私にはわかる。ぱるるがどれだけ成長してきたか。人は必ず変わることができるのだ。そして私はその変化と成長に気づくたびに、震えるほどの感動を得てきた。
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この“客観的にはキモい。でも主観的には最高”(だから、言わせてくれ!)という感じ……
 
僕は坂本真綾さんのファンクラブとマクロスのファンクラブに入っているけれど、わかるよ、この感じ。
 
歌い手の人生と自分の人生が重なったような気がする瞬間。
ふと目が合って、むちゃくちゃ嬉しい。
成長を、ささやかながら支援できたような感覚。
 
『マクロスF』の武道館ライブとか、真綾さんの『かぜよみ』ツアーの映像を見返すと、心底感動するもの。彼女たちのストーリーに想いを馳せて、何度観ても目元が潤む。
そういうファン体験について濱野さんみたいに口から泡を飛ばして語りたいきもちもわかるし、書いたこともある。
 
あの独特のエクスペリエンスのことを濱野さんは〈宗教〉と言う。
僕のように神秘体験と呼んでも同じだ。
アイドルや声優、あるいはプロレスが好きなひとは、それぞれの神話的な事件に遭遇してしまったからこそ、ファンをやっている。
 
でも文脈を共有してないひとにとっては、ビリーバーのイっちゃった手記にしか見えない。
最高にキモい。
だから、オタの想いや快楽をコミュニティの外にいる世間様におおっぴらに晒すような蛮勇には踏み切らないひとも多い。
 
しかし『前キリ』は、最高にキモい。
おれたちにできないことを平然とやってのける。
 
だって、AKBの握手会のレーンを増やしていけば世界からすべての争いがなくなる、とか書いてるんだよ?
「戦争なんてくだらないぜ!俺の歌を聴け!」といっしょじゃん!
どこの熱気バサラさんだよ……バカじゃねえの?

 
僕は『マクロス7』をゲラゲラ笑いながら観たし、『前キリ』を読みながら何度も噴いた。
今年いちばん笑った本かもしれない。
 
だから、押尾学が「ガンズは最高だよ」と言ったときと同じくらいの気持ちを込めて賛辞を贈りたい。
 
『前キリ』は最高だよ。
濱野智史はカート・コバーンの生まれかわりだ。
消え去るより、燃え尽きたほうがいい。

 
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【飯田一史プロフィール】
ライター、評論家、講師。
著書にベストセラー・ライトノベルのしくみ、共著に21世紀探偵小説など。
音楽ライターとしては隔月で細々と「SFマガジン」でレビューを書いている。
この記事を書いていてアニメやマンガ、ライトノベルは売れてるものを素直におもしろいと思えるし、好きだけれど、音楽だけはそう思えるものが少ないのはなんでなんだろうと自分のフェティシズムとか表現形態による快楽の提供の仕方の違いについて考えた。機会があればそのへんのこともどこかで。

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コメント

  1. >おれたちにできないことを平然とやってのける。
    カッコいい…前キリは読むことないと思いますが、楽しい書評でした。

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