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東浩紀が語るソルジェニーツィンにおける言論弾圧とのゲリラ戦

昨夜は、映画『ソルジェニーツィンとの対話』の上映会に行ってきました。映画の監督は、ソ連時代に作品を上映禁止とされた経験を持つアレクサンドル・ソクーロフ。ソクーロフにインタビューを受けるのは、収容所群島イワン・デニソーヴィチの一日などで知られ、1970年代にノーベル文学賞を受賞した文学者ソルジェニーツィン。
 
映画は、ソルジェニーツィンの晩年、ソ連崩壊から10年も経っていない、1998年に制作されたもの。今回の上映会には、特別トークとして、批評家・小説家の東浩紀氏と、ロシア文学研究者の上田洋子氏の対談も行われました。
 

  


 
映画は、もともとはテレビ番組として作られたもので、45分ごとの4部構成。合計3時間にわたって、ソクーロフとソルジェニーツィンの対話が描かれます。文学論や政治、哲学や宗教といったテーマを巡る質問をソクーロフが投げかけ、ソルジェニーツィンがそれに答えるというかたち。ソクーロフは、ソルジェニーツィンの口元、息遣い、執筆中に漏らす聞き取れないほど小声の独り言、薄くなった頭髪、年月の刻まれた手のひらを映像に捉えており、この映像が撮られた1998年から10年後にあたる2008年に死んだソルジェニーツィンが、そこにまだ活き活きと存在しているような印象を受けます。
 
ソルジェニーツィンは、ソ連時代のロシアに生まれ、密告により「終身流刑」の身となり、収容所生活を余儀なくされた経験を持っています。その境遇のもと、禁止されていた文筆活動を行い、ノーベル文学賞を受賞。ノーベル賞受賞後に、反体制派として国外追放され、アメリカに亡命。1991年にソ連が崩壊し、愛国者として帰国しました。映画が撮られたとき、収容所で不当な扱いを受けて貧困にあえぐ人たちを援助しつつ、彼は静かに文筆活動を続けていました。
 
今から約20年前となる1991年、この映画が制作される7年前、そしてソルジェニーツィンがまだ亡命の身であったときに、当時若干21歳の東浩紀氏が書いた論文が「ソルジェニーツィン試論 確率の手触り」です。高校生のときからタルコフスキーやバフチンといったロシアの作家が好きで、大学に入ってからも第二外国語はロシア語を選んだという東氏は、ソルジェニーツィンの『収容所群島』がとても好きだったと語っていました。トークイベントで、「最近はロシア文学からもロシア映画からも遠ざかってしまった。今はとても懐かしい気持ち」と東氏は話していました。東氏によると、当時はカフカが不条理な文学の代名詞のような存在だったけれども、ソルジェニーツィンの作品にはカフカが描いたのとは違う不条理さが描かれていると思ったので、論文で取り上げたということだそうです。
 
ソルジェニーツィンが『収容所群島』を書いた当時のソ連は、完全な言論が統制されている状況であり、そこで文筆活動を行うことは、文字通り「情報戦」でした。ときには紙に何かを書くことすら禁止され、独自の記憶術を編み出しながら書き継いだ『収容所群島』は、靴の底に貼り付けられた小さな紙きれや、手紙、インタビュー、伝聞などをかき集めて作った、非常に雑多な文体の寄せ集めになっています。映画のなかでもソルジェニーツィンは全体の3分の1ちかくを「言語」に関するテーマを話していました。雑多なものの寄せ集め、継ぎ接ぎ性を特徴とするポストモダン文学についても批判的に言及していたソルジェニーツィンですが、その作品には、ポストモダニズムの特徴である、多様な文化的政治的背景を持つ言葉の断片がひしめきあっているのです。
東氏が言及していたのは、ソルジェニーツィンが自伝で書いている、『収容所群島』の出版に関するエピソード。ソルジェニーツィンは、文字数よりも「原稿の重さが問題だった」と語っているそうです。つまり、言論統制下で身の危険をおかしながら原稿を運び、密輸しなければならないため、持ち運びしやすく、隠しやすい紙を使わなければならなかったというのです。薄いパラフィン紙のような小さな紙の両面に、小さな文字でビッシリと文字を書いて送るような。そんなゲリラ戦的な言論活動は、『収容所群島』に収められた無数の素材のひとつひとつに添えられた、情報の入手過程のエピソードにも同様に見出せます。
 
この、複数の文化的政治的背景をもった多様な言語の断片がかき集められてひとつの物語を作るという構造は、東氏が現在連載している小説パラリリカル・ネイションズでも意図的に採用されているように思いました。『パラリリカル・ネイションズ』は、『収容所群島』のような実在の人物や実際の事件を扱ったリアリズムの作品ではなく、古代日本にタイムスリップした少年が魔法のような術で戦うというフィクションです。しかし、『パラリリカル・ネイションズ』で描かれる古代日本では、倭の朝廷による日本統一のための異民族討伐が行われており、そこでは文字通りの言論弾圧や歴史の改変といった問題が登場します。
『パラリリカル・ネイションズ』は、まだ連載中の作品なので、作品が完結したときに、あらためて『収容所群島』と読み比べてみたいな、と思いました。
 

 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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