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名曲で辿るテクノの歴史『テクノ・ディフィ二ティヴ1963-2013』

来年1月末に、小室哲哉の新しい音源が発表されるらしい。20世紀末の日本の商業音楽シーンで圧倒的な存在感を誇った男。彼の次作のテーマは、どうやら「EDM」となるらしい。
かつて「今年はジャングルが来るね」という予言的な名言を放った小室にとっての「エレクトロニック・ダンス・ミュージック」とはいったいどういうものなのだろう。
 
今回紹介する、三田格+野田努によるテクノ・ミュージック・ガイドテクノ・ディフィ二ティヴでも、このエレクトロニック・ダンス・ミュージックという表現が登場する。1980年台に登場したアメリカのデトロイトで盛り上がった電子音楽を中心としながら、簡単には概観しきれないような多様性をもった「テクノ」の名盤を20世紀中頃から2012年に至るまで網羅的に紹介していく1冊だ。
 

 
「テクノ」や「電子音楽」というと、その指し示す範囲はあまりにも広大。いかに商業媒体での長いキャリアを誇る三田格と野田努といえども、本書に挙げられている情報に偏りがまったくないとも、述べられている情報のすべてが正しいということも言えないだろう。むしろ、その偏りを楽しむべきなのだ。
 
そこで今回は、本書に挙げられている音源とレビュー文だけを辿ることでどのような音楽史が見えてくるのか、検証してみたい。
まずは最新の音源についてのレビューから入って、そこから遡行的に他のジャンルや作品、そしてその都度の用語に触れていこう。
 
最初に注目するのは、「2012」の項目の最初に挙げられているJam City なるアーティストのアルバムClassical Curves

 

※「Classical Curves」より、「Her」
この音源について、野田努はこう書いている。
産業廃棄物をチョップしてエディットしたような、グライムテクノの混合物を作った。ジュークからの影響も取り入れつつ、カット・アップの妙味も活かしたUKガラージにおける実験」「尽き果てることのないメランコリー、ダンス・ミュージックへの強い欲望が交錯する、アップデートされたアンドリュー・ウェザオールのような、初期ワイリーのような寒々しさ」
さて、テクノをぜんぜん知らない人からしたらいきなり意味不明な文章なのではないだろうか。さっそく、過去にどういう楽曲があったのか、辿ってみよう。
 
まずは冒頭に出てくる「産業廃棄物」という表現について。
1970年代末から1980年代初頭にかけて興隆した「インダストリアル」という音楽ジャンルがある。直訳すると「産業的」ということなのだが、これは大衆音楽の産業的な側面を露悪的に強調する、という独特の思想やスタイルから名付けられたもの。
本書では、代表格であるスロッビング・グリッスルや、そのスロッビング・グリッスルのメンバーが作ったコイル、そのほかSPK、キャバレー・ヴォルテールなどが紹介されている。

※Coil「Scatology」より、「Ubu Noir」
音楽産業のなかのゴミのようなモノになろうとする方向性が伝わるだろうか。
なお、SPKたちのインダストリアル一派の来歴については、小説家の清水アリカと椹木野衣の対談を紹介した記事音楽と美術と文学の交差点にある、ゴミ、ノイズ、ガラクタでも紹介しているので、興味のある人は読んでみて欲しい。
 
次に登場する「グライム」というのは、UKガラージというハウスミュージックの潮流から2000年以降に生まれた、無機的なベース音を特徴とする音楽ジャンル。

※Terror Danjah「Gremlinz」より、「Frontline (Remix)」
 
「グライムとテクノの混合物」と言われて、「そもそもこの本で紹介されている音源は全部テクノなんじゃないのか?どうなってんの?」と思った人、論理的には正しい。ただ、おそらくここで言われている「テクノ」は狭義のテクノ。広義のテクノを包括的に語っている本書のなかのいち項目がそれに該当する。狭義のテクノ、それは定義にもよるが、ここではデトロイト・テクノのことだと思って間違いない。冒頭に触れたとおり1980年代に登場したテクノの古典的な一派。

※The Martian「LBH-6251876」にも収録されている「Stardancer」
 
「ジューク」というのは、当Bookニュースでも以前『別冊カドカワtreasure』プログレ特集を紹介した時に「最近知ってこれはプログレッシブだ!と思った」ジャンルとしてアイドルマスターを使ったMAD動画を挙げて紹介した。シカゴのクラブシーンから生まれてきた、トラックメーカーとダンサーとがリズムを複雑化させて先鋭化させた異形のジャンルだ。

※DJ DIAMOND「Flight Muzik」より、「Rep Yo Clique (Remix) 」
やー、ジャケットがかっこいい。
 
「アンドリュー・ウェザオール」は、名プロデューサーでDJ。ケミカル・ブラザーズやアンダーワールドの発掘に関わり、自身でもセイバース・オブ・パラダイスやトゥーローンスウォーズメンとして活躍。

※Two Lone Swordsmen「The Fifth Mission」より、「Rico’s Helly」
 
最後に名前が出てくる「ワイリー」は、グライムの代表的アーティスト。本書には2012年の音源が紹介されている。

※Wiley「Treddin’ On Thin Ice」より「I was lost」
 
この「グライム」というジャンル名を冠した『グライム』というコンピレーション・アルバムも本書で紹介されているのだが、あろうことか別のジャンル名「ダブステップ」の項目の中でそのアルバムが紹介されている。

※V.A.「grime」より、Slaughter Mob「Black Hole」
このアルバムについてのレビューで、野田は「グライムとダブステップが混合していたことを証明するコンピ」「商業主義に晒される以前の、」「迫力あるビート、集中砲火のようなパーカッション、冷蔵庫のようなエレクトロ」と述べている。
 
「ダブステップ」は、重いベース音と遅めのテンポなのに倍速の速度感を伴うリズムが特徴的なジャンル。本書でも多くの音源が紹介されている。

※Benga「Diary of an Afro Warrior」より、「Go Tell Them」
 
ちなみに、野田はダブステップのBurialというアーティストがお気に入りらしく、他のジャンルのレビューでもたびたび言及している。

※Brial「UNTRUE」より、「Archangel」
浮遊するようなゆったりとしたテンポ、しかしどこか焦燥感を煽るようでもある、非常に不思議な音楽です。
 
「グライム」のところで出てきた「エレクトロ」というのもジャンル名。広義のテクノに含まれ、本書にも項目がある。

※Mantronix「The Album」より、「Needle To The Groove」
1980年台に、ドラムマシーンが打ち出す機械的なビートを使って、何故か筋骨隆々な肉体美やら汗のニオイを感じさせるダンス・ミュージックが生まれた。それが「エレクトロ」
 
紛らわしいことに本書には似た名前のジャンル名が登場する。「エレクトロ・クラッシュ」だ。

※Tiga「DJ-Kicks」より、
「エレクトロ・クラッシュ」はパンクっぽい乱暴で雑な感じを装いつつ、単にチープなだけではない、変なグラマラスな雰囲気があった。あっというまに一過性のジャンルとして忘れ去られてしまったけれど、同じ「エレクトロ」と間違いやすいジャンル名でイージーリスニングになってしまうことが多い「エレクトロニカ」よりも面白いジャンルだったのかも知れない。
 
「機械的なビートが、筋骨隆々な肉体美やら汗のニオイを感じさせる」という点で、エレクトロニック・ボディ・ミュージックと呼ばれたDAFとエレクトロは非常に近い。

※DAF「Alles Ist Gut」より、「DER MUSSOLINI」(ライブ音源)
 
ちなみにさきほど挙げた「エレクトロニカ」は、Intelligent dance musicとも言われる。実際、本書でもジャンル名は「Electronica/IDM」と表記されている。2000年ごろ、加速的に処理速度が向上したPCを使って複雑な音の処理が可能になったことで生まれてきたジャンルだ。

ここで挙げたのは日本人アーティストのリョウ・アライ。レビューで「ビートだけでここまで華やかな雰囲気を作り出すのは、他にアート・オブ・ノイズマイク・パラディナスしか思いつかない」と三田格は書いている。
 
アート・オブ・ノイズは、1980年代に活躍した伝説的なアーティスト。サンプリングされた音色とシンプルなシンセサイザーのフレーズで唯一無二の世界観を醸し出す。

※The Art Of Noise「(Who’s Afraid Of?)The Art Of Noise」より、「Moments in love」
 
「マイク・パラディナス」は、コンピレーションアルバム「grime」をリリースしたレーベル「リフレックス」からデビューし、今はDJ DIAMOND「Flight Muzik」をリリースしたレーベル「Planet MU」を立ち上げたアーティストでもある。自身のユニット「μ-ziq」も高く評価されている。

※µ-Ziq「Tango N’ Vectif」
 
「Planet MU」といえば最近はオシャレな楽曲がたくさんリリースされているのだが、いっときは物凄く暴力的な音源をどんどん出していて目が離せなかった(今でも無視できない存在ではあるのだけれど)。
なかでもベネチアン・スネアズは強烈。

 
このように、最新の音源のレビューひとつとっても、過去の様々なジャンルやアーティストの蓄積が参照されている。辞書を読むときのように、あるいはネットサーフィンをするときのように、互いに参照しあっている音源を行ったり来たりしながら読む楽しさを、是非味わって欲しい。記事を書きながら思ったのだが、色んな音源を行ったり来たりすることで、三田格や野田努のDJを聞いてるような気持ちになる。DJはテクニックやイベントの雰囲気との相性を楽しむ技術志向の楽しみ方もあるのだが、知識や文脈の繋がりを「読み解く」という楽しみ方もあるのだ。
 
なお、当記事冒頭に引用した小室哲哉の発言に出てくる「ジャングル」というジャンルもテクノに分類されることがある。本書でも1ページ割いて紹介がされている。

※Roni Size/Reprazent「New forms」より、「Morse Code」
 
なお、小室哲哉はこの「チャカチャカチャカ」という特徴的なリズムが流行すると睨んで、ダウンタウンの浜チャンに楽曲「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」を提供した。

あらためて聞いてみると味わい深いですねこの曲……
 

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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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