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妖精世界からSFまで。想像が生んだ文学の系譜「世界幻想文学大全」

澁澤龍彦や荒俣宏を始めとする74名にものぼる錚々たる面々へのインタビューをまとめた幻想文学講義: 「幻想文学」インタビュー集成も好評な、アンソロジスト東雅夫が次に手掛けるのは、古今東西の「幻想文学」「怪奇小説」「幻想小説」を概観する叢書「世界幻想文学大全」。
 
まずは澁澤や中井英夫、ラヴクラフトやロジェ・カイヨワらの「幻想文学」論をまとめたガイダンス編幻想文学入門。そして続く第二弾は、「世界最古の怪談会小説」といわれるルーキーアーノス「嘘好き、または懐疑者」(高津春繁訳)からプーシキン「スペードの女王」(神西清訳)、モーパッサン「オルラ」(青柳瑞穂訳)、コルタサル「占拠された屋敷」(木村榮一訳)まで、怪奇小説の名作を名訳で集めた怪奇小説精華。この叢書は3冊完結予定で、第三弾は12月発売予定の『幻想小説神髄』となる予定。

  


 
『幻想文学入門』は、謎に包まれた「幻想文学」というジャンルについて、その「特色や歴史的変遷、文芸作品としての醍醐味、どういった観点から作品に接すればよいのか」といった、初心者が知りたい基礎知識を凝縮した1冊。
澁澤やラヴクラフトらによる「幻想文学」についての論考と、それぞれの論考の前におかれた、編著者である東雅夫によるガイダンス、そして巻末の「世界幻想文学年表」で本書は構成されています。
 
本書でまず目を見張るのは、澁澤龍彦による同名のエッセイ2本「幻想文学について」の前に置かれた東雅夫の文章。これは戦後日本に書かれた澁澤の文章を紹介するのと同時に、幻想文学に入門しようという読者に向けた東自身の呼びかけにもなっているのが興味深いです。2つめの「幻想文学について」は、澁澤が編んだグラフィック版 世界の文学 別巻1 世界幻想名作集の序文として書かれたもの。目次が引用されているので、この『世界幻想名作集』に澁澤が選んだのがどの作品なのかを知ることができます。

※書影は、のちに文庫化されたもの。
 
澁澤は1本目のほうの「幻想文学について」(これは「ユリイカ」誌に発表されたもの)で、日本語の「幻想」という言葉の多様性に言及するところから始めます。エゼキエルは「ヴィジョン」、フロイトは「イリュージョン」、ネルヴァルやボードレールは「シメール」、ノディエやボルヘスは「ファンタスティック」、論者によって「幻想」という言葉のもつニュアンスが少しずつ異なっている、と澁澤は言います。
 
同じ『幻想文学入門』に収録されているカイヨワの「妖精世界からSFへ」というエッセイに準拠しているとおり、このエッセイで澁澤もSFに言及しています。そこには「人間の条件の克服の夢」というテーマがある、というのが澁澤の主張です。澁澤は、「死」こそが、人間が文明や技術によって可能にしてきた「人間の条件」の拡張の究極の限界だ、と指摘します。幻想文学(澁澤の文章では「幻想小説」)には多様なテーマが扱われますが、そのなかで「死」や「あの世」が関わらないものはないのではないか、と澁澤は述べています。
 
澁澤による「幻想文学について」2本のあとには、「小むずかしい批評とか評論とかいうようなものは、正直のところ、柄にもないし、どうも苦手である」と書き始める平井呈一(荒俣宏の師匠だった名翻訳者)と、そして世代的に平井と荒俣の中間にあって「幻想文学紹介の三大先達」と言われる紀田順一郎との、2人の回想記が収録されています。
 
『幻想文学入門』には、このほか先述のカイヨワによる「妖精世界からSFへ」のほか、古代から近代にいたる幻想文学の発祥を論じた「フランス幻想文学の始祖」ことシャルル・ノディエの「文学における幻想的なものについて」、ギリシア・アイルランド・アメリカ・西インド諸島をへて明治時代の日本に至った小泉八雲による「文学における超自然的なるもの」、そしてクトゥルー神話大系の創始者であるラヴクラフトがゴシック・ロマンスから近代の怪奇小説までの欧米怪奇文学の系譜をまとめた「文学と超自然的恐怖」という、幻想文学を概観する4つの基礎文献がまとめられています。これらは必読文献と言われていながら、今回のように1冊に編集されたことはなかったので、手軽にまとめて読めるのはとてもありがたいですね。
 
 
『怪奇小説精華』には、下記の作品が収録されています。
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ルーキーアーノス 「嘘好き、または懐疑者」 高津春繁訳
蒲松齢 「石清虚/竜肉/小猟犬 『聊齋志異』より」 柴田天馬訳
ダニエル・デフォー 「ヴィール夫人の亡霊」 岡本綺堂訳
クライスト 「ロカルノの女乞食」 種村季弘訳
プーシキン 「スペードの女王」 神西清訳
メリメ 「イールのヴィーナス」 杉捷夫訳
ブルワー=リットン 「幽霊屋敷」 平井呈一訳
ポオ 「アッシャア家の崩没」 龍膽寺旻訳
ゴーゴリ 「ヴィィ」 小平武訳
ゴーチエ 「クラリモンド」 芥川龍之介訳
アラルコン 「背の高い女」 堀内研二訳
モーパッサン 「オルラ」 青柳瑞穂訳
ジェイコブズ 「猿の手」 倉阪鬼一郎訳
キプリング 「獣の印」 橋本槇矩訳
エーヴェルス 「蜘蛛」 前川道介訳
キローガ 「羽根まくら」 甕由己夫訳
ジャン・レイ 「闇の路地」 森茂太郎訳
コルタサル 「占拠された屋敷」 木村榮一訳
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古代ギリシャの悲劇作家ルーキーアーノス、中国清代初期の蒲松齢、『ロビンソン・クルーソー』のダニエル・デフォー、18世紀末に活躍したドイツの劇作家クライスト、ロシアの文豪プーシキン、『カルメン』のメリメ、リットン調査団で有名なリットン卿の祖父でインドの総督でもあったブルワー=リットン、言わずと知れた「黒猫」「黄金虫」のエドガー・アラン・ポー、『外套』のゴーゴリ、19世紀のフランスの詩人ゴーチエ、スペインの小説家アラルコン、『女の一生』のモーパッサン、19世紀末から20世紀に活躍した作家ジェイコブズ、『ジャングル・ブック』のキプリング、ドイツの小説家エーヴェルス、ウルグアイの小説家キローガ、ベルギーの小説家ジョン・レイ、アルゼンチンの小説家コルタサルらの作品が紹介されています。
 
なかでも、プーシキンの「スペードの女王」は別の人の翻訳で澁澤龍彦『幻想文学名作集』にも収録されています。また、ブルワー=リットンは、現代の怪奇小説の極みとも言える伊藤計劃×円城塔屍者の帝国にも登場するリットンの父親にあたる人物。コルタサルは、先日紹介した魔術的リアリズム―二〇世紀のラテンアメリカ小説で、ボルヘスらのラプラタ幻想文学と、マルケスらの魔術的リアリズムの境界上に位置する特異な作家だと紹介されていました。ジェイコブズ「猿の手」は『幻想文学入門』に収録されているカイヨワの「妖精世界からSFへ」でも触れられています。「猿の手」は個人的には、西尾維新化物語第三話「するがモンキー」でも言及されていたので印象深いです。

※やや唐突ですが、アニメ『化物語』の「するがモンキー」回のオープニング動画
 
僕は常々、神話や民話や寓話から妖精物語(ファンタジー)、そして近代怪奇文学と科学未来小説、さらには思弁小説(スペキュレイティブ・フィクション)はひとつの文学史にまとめられるのではと思っていて、この「世界幻想文学大全」はそういう世界観にはまさにピッタリのシリーズでした。最終巻となる『幻想文学神髄』の刊行が楽しみです。
 
なおこの神話から幻想文学とSFを経て思弁小説に至る系譜の先には、「九十年代新難解派、境界解体文学、異色文学、奇想文学、アヴァン・ポップ」などなど、様々に呼ばれた所謂「スリップ・ストリーム」も連なると僕は考えています。今のところ早川書房の「想像力の文学」叢書に代表されているこの方向性については、先日紹介した同人誌幻視社vol.6の「特集 〈想像力の文学〉を読む」に詳しい。全作レビューも掲載されているのがありがたい。

 

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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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