読書ガイド「本が好き!」が運営するニュースサイト

海外マンガ入門。ジョジョ好きにオススメのBDはこれだ!

最近は『アヴェンジャーズ』や『ダークナイト』、『スパイダーマン』などのアメコミ映画が成功したおかげで、日本以外にも面白いマンガ文化があるらしいということが徐々に認知されてきています。最近はアメコミだけでなく、フランス語のマンガ「バンド・デシネ(Bande Dessinée。以下BD)」の人気も盛り上がりつつあります。
 
そこで、多くのBDの翻訳を手がける原正人さんに、日本のマンガに親しんだ読者が楽しめるBDの魅力を、未邦訳のものを含む具体例を挙げながら紹介してもらいました。
 

  

(原さんが翻訳を手掛けている大作『闇の国々』書影)

 
 連載25周年を迎えた荒木飛呂彦ジョジョの奇妙な冒険で出版界が賑わっている。今年10月には『美術手帖』で荒木特集が組まれ、私も荒木とBDの関係について一文を寄せた。
 『ジョジョ』については2007年11月に刊行された『ユリイカ』11月臨時増刊号でも、多くの論者がその魅力を語っている。キャラクターからストーリー、テーマ、美麗な絵、独特なコマ割、「ジョジョ立ち」まで、『ジョジョ』の魅力は人によってさまざまだろう。
 個人的には『ジョジョ』の魅力は、「作品内の物理的空間」と、それを無化してしまうスタンドの交錯を、みごとな絵と巧みなコマ割で描いている部分にこそあると思う。

  

 
 例えば、第3部に登場するハングドマンというスタンドは、反射を利用し鏡の中だけを移動してポルナレフに迫る。第5部の中心人物の一人ブチャラティのスタンド「スティッキィ・フィンガーズ」は、あらゆる物質をジッパーにし、開封したり、切り離したりしてしまう。
 これらは、二次元の紙の上に三次元的な空間を現出させるマンガだからこそ可能な表現だ。エンターテインメント性の強い物語のせいであまりそのことに意識がいかないが、荒木は極めてラジカルな表現を何度となく試みている。

  

 
 さて、前置きが長くなったが、『ジョジョ』のそのような部分に魅力を感じている人に、ぜひおすすめしたいBDがいくつかある。往々にして『ジョジョ』ほどのエンターテインメント性は備えていないが、マンガやBDとは何かと考えさせてくれるような刺激的な作品である。
 
 
 まず、最初にご紹介したいのはマルク=アントワーヌ・マチューというBD作家の作品だ。荒木のようなアクションシーンを描くことはまずなく、どちらかというと思索的な作品を好んで描く作家だが、作品世界を撹乱し、遊びながら、マンガというジャンルについて考えさせる手つきにはどこか似たところがある。この作家については以前別の場所で紹介し、その後、2冊の邦訳が刊行されている。

知られざる漫画家アントワーヌ・マチュー、「ルーヴル美術館の謎」巡る物語に注目

主人公の行動を予期するマンガ、ページをバッサリ切り抜いたマンガ――フランスのマンガ家、アントワーヌ・マチューは謎だ!!

 
 日本で最初に翻訳単行本として刊行されたのは、ルーヴル美術館がプロデュースするルーヴル美術館BDプロジェクトの一冊レヴォリュ美術館の地下―ある専門家の日記より―(大西愛子訳、小学館集英社プロダクション)である。これは、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』に収載された短編小説「バベルの図書館」のルーヴル版とでもいうべき作品で、今や真の名が忘れられて久しい巨大な美術館の地下を調査するある専門家の冒険が語られる。マチューは、ルーヴルをその膨大な名品ではなく、それらを支えている額縁や鋳型といった周辺から語る。美術館の地下は何やらそれらの作業が儀式のように行われる幻想的な迷宮の様相を呈する。ちなみにこのルーヴル美術館BDプロジェクトには荒木も参加し、岸辺露伴 ルーヴルへ行く(集英社)を刊行している。この2つの作品を比較してみるのも一興だろう。

  

 
 
 次に刊行されたのは3秒(拙訳、河出書房新社)である。これはいかにもマチューらしい傑作で、わずか3秒間に行われたある陰謀の顛末が、最初から最後までズームと鏡の反射を通じて語られていく。カメラはまず、主人公と思しき人物の目にズームし、ついで彼の目に映った携帯電話にズームし、次には携帯のカメラに映った主人公とその後ろで銃を構える男にズームし、さらには彼らのうしろに掛けられた鏡にズームし…という形で、わずか3秒間に起きた出来事が延々と語られていくのだ。

 
 鏡から鏡へと移動するハングドマンのように、私たちは光の反射のあとを追っていくことになる。もともとこの作品は動画として構想されたそうで、本の購入者には特設サイトで動画を見るためのアクセスコードが与えられる。実際に見ていただくとわかるのだが、これがまた書籍とはまったく異なる体験なのだ。書籍のほうが分析的だとすれば、動画のほうは眩暈的と言えるかもしれない。チャールズ・イームズのパワーズ・オブ・テンやイシュトバン・バンニャイのZOOMRE-ZOOM(ブッキング)を思い出す人もいるだろう。

  

 
 だが、マルク=アントワーヌ・マチューの代表作と言えば、やはり夢の囚われ人ジュリウス・コランタン・アクファック』(Julius Corentin Acquefacques, prisonnier des rêves)シリーズだろう。未邦訳のこの作品については、古永真一氏がBD 第九の芸術(未知谷)の中で詳しく紹介している。自分の未来を予言するマンガに悩まされたり、自分の夢の中からさ迷い出てしまったり、消失点を一つ失ってしまったために世界が厚みを失ってしまったりと、作品内の物理的現実を揺さぶるしかけが多く設けられ、しかも、テーマに合わせ、コマに穴が開けられたり、しかけ絵本のようなしくみが施され、3D眼鏡がつけられるなど、読者を喜ばせる工夫がてんこもりである。いずれ機会があれば、私自身、詳しく紹介したいと思う。

  

 
 
 
 マルク=アントワーヌ・マチューの作品はかなり極端なケースだが、読者が自動的な読書に没入することを妨げる異化効果を持った作品は、BDにはかなり多い。例えば、パランゴー&ルスタルのバルネイとブルーノート』(Paringaux & Loustal, Barney et la note bleue)という作品がある。これはバルネイ・ウィランという「実在」のフランス人サックス奏者の「架空の伝記」である。
 
 この作品が発表された1985年当時、バルネイはあまり活発に音楽活動をしていなかったが、まだ存命だった。しかし、パランゴーとルスタルはバルネイを一種の「呪われた詩人」として描き、あろうことか作品の中で麻薬中毒死させてしまう。この作品のおかげもあり、バルネイはその後人気を取り戻し、後に自分の架空の伝記を描いた二人の作者とも出会い、ブルーノート La Note Blueというアルバムを発表している。
 
 この作品では、セリフは一切用いられず、絵とナレーションのテクストだけで物語が紡がれていく。どこか気取りが感じられるナレーションがこの作品に実にぴったりである。絵とテクストは微妙なズレをはらんでいき、マンガとしては読みにくいものになるが、逆にそれがこの作品を豊かなものにしている。

 
 
 
 先般来日したダヴィッド・プリュドムのレベティコ(David Prudhomme, Rébétiko)は2009年に刊行されたかなり新しい作品。音楽を描いたBDとしては、『バルネイとブルーノート』に並ぶ傑作である。
 『レベティコ』は、ギリシャで1920年代に誕生したレベティコ(日本ではレンベーティカと呼ばれることも多い)という音楽の演奏家たちの群像劇。第二次世界大戦間近のファシズム化していくギリシャで時代の流れに反抗しながら、自分たちの美学を貫く彼らの姿が描かれる。この作品では、登場人物たちが音楽を演奏し、酒場に集う人々が踊る場面が描かれる。その場面では、物語のスピードが他の場面よりゆっくりと進むような構成がなされている。読者の視線は停滞することになるが、それによって読者は音楽と麻薬が生み出す陶酔を追体験することができる。

 
 
 
 このような異化効果をかなり意図的に、しかも実に巧みに用いているのは、やはり先ごろ来日したブノワ・ペータースとフランソワ・スクイテンの闇の国々(古永真一、原正人訳、小学館集英社プロダクション)である。『闇の国々』の第Ⅰ巻には3つの作品が収められているが、そのうちの1つに「塔」という作品がある。この「塔」という作品では、パートカラーが物語と不可分の形で使われている。
 
「塔」は世界大の巨大な塔を舞台に、修復士のジョヴァンニ・バッティスタが、自分の持ち場を離れ、塔の秘密を探る冒険を描いた作品。物語は基本的に白黒で描かれているが、塔の秘密を語る「絵」だけはカラーで描かれている。作品の中で初めてカラーが顔を出す部分など、実に心憎い見せ方をしている。
 
また、「塔」と同じ第Ⅰ巻に収められている「傾いた少女」では、絵で描かれたマンガと写真を同居させるという冒険が行われている。この作品は、二つの異なる世界に属するメリーという少女とデゾンブルという画家の邂逅を描いているが、それぞれの世界の違いを描くためにこのような演出がなされているのである。いくらスクイテンの作画が時に写真を思わせるほど精密なものだったとしても、写真と絵を同居させたときの違和感は残ってしまう。これをあえてやってのける勇気がすばらしい。

  

 
 ちなみに『闇の国々』「傾いた少女」の写真パートでデゾンブルという画家を演じているのは、ある部屋が荒廃していくさまを延々と描いた作品(The Cage)で知られる伝説的なBD作家マーティン・ヴォーン=ジェイムズ(Martin Vaughn-James)である。彼の謎めいた作品もいつか邦訳される日が来るといいのだが。

※図版はフランス語版の表紙
 
 荒木はマンガの約束事を破壊しつつ、それをエンターテインメントにしてしまっているところがすごいが、BDのある種の作家たちはもはやBDが破綻してしまいそうなところで仕事をしている。そのような例は上掲の古永真一『BD 第九の芸術』に多く紹介されているので、ぜひそちらをお読みいただきたい。
 
 BDを楽しむというのは、単に物語を楽しむというのはもちろんだが、時に自分の中にあるマンガなりBDなりの尺度を広げ、その表現のラディカルさを楽しむことでもあるのではないかと思う。こうした試みは日本でもフランスでも70年代から存在し、フランスではそれが未だに継続している部分があるのではないか。
 
その当時台頭し、BDの巨匠として崇められるメビウスにも面白い試みは多い。例えば『ユーロマンガ』Vol.7(飛鳥新社)に掲載された『猫の目』(拙訳)では、見開きの左と右でそれぞれ別の絵が語られていき、それが最後に一つの物語に収斂する。さらにすごいのはメビウスが60歳を過ぎて描いたというB砂漠の40日間(飛鳥新社)である。一切テクストはなく、ページの片面に印刷された絵が次々と展開していくだけ。絵と絵の間には何かつながりがあると思えるところもあれば、まったくつながっていない場合もある。単なる画集とも一続きの物語とも読めてしまう不思議な本である。

  

 
 ここに紹介したBDは、マンガ好きに限らず、文学や美術に主たる関心がある人たちにとってもおそらく非常に刺激的なものでありうるのではないかと思う。邦訳が次々に出版されているこの機会にぜひ手にとり、その独特な世界に触れていただきたい。
 
 
==================================
【原 正人(はら まさと)のプロフィール】
1974年生まれ。学生時代は幻想文学に興味を持ち、19世紀末のフランス人作家ヴィリエ・ド・リラダンをテーマに卒論・修論を執筆。2005年頃からBDに関心を持ち始め、今に至る。訳書にホドロフスキー&メビウスアンカル、ペータース&スクイテン闇の国々(小学館集英社プロダクション、『闇の国々』は共訳)、ショメ&ド・クレシーレオン・ラ・カム(エンターブレイン)など。
==================================

 
「BOOKニュース」では出版系のイベントからマニアックな新刊情報まで、
本に関する情報を収集して紹介しています。
ユニークな本を出される出版社様、
紹介させていただきたいのでBOOKニュース宛に新刊をぜひ送ってください!
↓宛先はこちら↓
〒333-0834
川口根岸郵便局留
Bookニュース 永田希

twitterアカウント(@honzuki_news)でもときおり呟いております。
RSSフィード購読はこちら。

コメント

  1. 初めまして。杉並区高円寺にオープンした、海外コミックス専門漫画喫茶のACBDと申します。

    当店ではアメコミやバンド・デシネなどの邦訳コミックスを多数所蔵しており、これまで海外コミックスに接点の無かった方とコミックスとを繋ぐ場所となること、外国の漫画の面白さを皆様に知ってもらうこと、ひいては海外コミックス文化を日本へ定着させることを目指しております。

    本が好き!BOOKニュース様には、今後もぜひ海外コミックスに関する記事を多数取り上げて頂き、日本の皆様が海外コミックスを知るための布石となってくだされば幸甚です。

    応援しております。

コメントの投稿

コメント(必須)