読書ガイド「本が好き!」が運営するニュースサイト

狂気を描き社会変革を促す。南米文学の一潮流『魔術的リアリズム』

「魔術的リアリズム」という言葉がある。これは、20世紀にラテンアメリカで展開された、主に文学の運動を指したものだ。この運動を概観する魔術的リアリズム―二〇世紀のラテンアメリカ小説が刊行された。

百年の孤独で世界的に知られるガルシア=マルケスや、2010年にノーベル文学賞を受賞したバルガス=リョサ(本書ではバルガス=ジョサと表記)を筆頭とした、ラテンアメリカの文学が持つ豊かな価値を読み取るために、その歴史を知っておくことは有意義だろう。先日、やはりノーベル文学賞を受賞して話題になった中国の莫言も、魔術的リアリズムの世界的な広がりのなかに捉えることができる作家だ。本書は、最初に「魔術的リアリズム」という用語が使われた1920年代から、最近の作品に至るまでの歴史を概観したもの。

「魔術的リアリズム」という言葉は、もともとはドイツの芸術批評家フランツ・ローの著作のタイトルだった。それが1926年に哲学者オルテガ・イ・ガセットが指揮する雑誌でスペイン語に翻訳された。フランスのアンドレ・ブルトンが「シュルレアリスム宣言」を発表したのが1924年、ブルトンたちのシュルレアリスム運動を含む前衛芸術の流れの中に、ローの著作は発表されたのだ。その後、「魔術的リアリズム」という言葉はほとんど話題になることはなかったが、1960年代にラテンアメリカを中心に文学の分野であらためて注目を集めることになる。
今回取り上げる『魔術的リアリズム 20世紀ラテンアメリカの小説』の著者である寺尾氏は、「魔術的リアリズム」の第一波として、グアテマラのアストゥリアス、キューバのカルペンティエール、そしてベネズエラのウスラル・ピエトリの3人を挙げる。彼らはブルトンらが席巻していた1920年代のパリに集い、1930年代に相次いで小説作品を発表。寺尾氏はこれらを「魔術的リアリズムの萌芽」として取り上げ、なかでもアストゥリアスの『グアテマラ伝説集』の重要性に注目する。西欧的なリアリズム、つまり科学主義や合理主義の発想からかけ離れたこの作品は、シュルレアリスムの影響のもと、古代マヤ神話のモチーフによって破壊と再生を描き、新しい文学表現を確立しようとしていた。この作品は多くの西欧知識人に衝撃を与え、文豪ポール・ヴァレリーも驚愕し、賞賛を惜しまなかったという。

1930年代は、前衛芸術運動が浸透し、世界的に文化の転換が起きていたと寺尾氏は述べている。スターリン体制下の検閲によって即座に世に出ることがなかったものの、ブルガーコフやゴンブローヴィッチといったロシア人作家が書いた作品で、のちに「魔術的リアリズム」として語られる作品もこの時期に書かれている。つまり、魔術的リアリズムの萌芽は、必ずしもラテンアメリカだけで進行していたわけではないのだ。

ではなぜ、魔術的リアリズムといえばラテンアメリカなのか。寺尾氏は、その理由をラテンアメリカの「豊かな多様性に特徴づけられた統一体」におけるコスモポリタン性に求める。ラテンアメリカには、カリブ諸国のようにアフリカ色の強い地域や、メキシコやペルーのように混血の進んだ地域、あるいはグアテマラやボリビアのようにインディオ文明の影響が強く残っている地域、アルゼンチンやウルグアイのようにヨーロッパ系の人種が人口の大半を占める地域を内包しているのだ。

1920年代生まれのガルシア=マルケスは、カフカやヴァージニア・ウルフ、フォークナーやジョイスを読みながらジャーナリストとして働きながら、文学活動を続け、1960年代後半に『百年の孤独』で大成功をおさめる。この成功によってラテンアメリカ文学全体への評価が高まり、「魔術的リアリズム」という言葉は、先述の美術的な文脈から切り離され、独自の文学的な定義を得ていく。

寺尾氏は、「魔術的リアリズム」と混同されがちなもうひとつのラテンアメリカ文学の潮流である「ラプラタ幻想文学」と対比させながら、「魔術的リアリズム」の定義を試みている。

巨匠ボルヘスに代表されるラプラタ幻想文学では、語り手の理性は保たれ、異常だったり非理性的な視点は語り手にはならない。これに対して、魔術的リアリズムでは、文字通り異常で非日常的な視点から現実世界を捉え直す。また魔術的リアリズムは、その異常な視点を共有する共同体を描くことで、狂気や妄想のような視点を日常の中に溶け込ませてしまう。このようにして「異常が普通と化す」世界を作り出すことで、現実の世界の「隠れた側面」に光を当てる。「現実世界を別の角度から照射することで、その欠陥を浮かび上がらせ、そこから間接的に社会変革に寄与しようとする」。これが魔術的リアリズムの定義なのだと寺尾氏は言う。
もっとも、ボルヘスの影響下にありラプラタ幻想文学に分類されるコルタサルの場合は、上記の定義の魔術的リアリズムにかなり接近している。寺尾氏も「コルタサルの短編のどれが幻想文学でどれが魔術的リアリズムなのか議論することに大きな意味はあるまい」と書いている。例えばコルタサルが1966年に発表した「南部高速道路」は、現代文明においては日常的な現象である「渋滞」をテーマにしている。「何ヶ月も続く渋滞に、登場する集団の全体が巻き込まれ、そのなかで人々は生活を始めてしまう」という作品だ。

寺尾氏の著書では触れられていないが、フランスの映画監督ゴダールの『ウィークエンド』という作品がこのコルタサルの短編を彷彿とさせる、狂気の渋滞を描いているので参考までに動画を貼っておく。

なお、11/8(木曜)には、池袋ジュンク堂で寺尾氏が登壇するトークイベントが予定されている。
詳細はコチラ

目次
==================================================

はじめに
第一章 シュルレアリスムから魔術的リアリズムへ
アヴァンギャルドのもたらしたもの
パリに集う三人のラテンアメリカ作家
魔術的リアリズムの萌芽
第二章 魔術的リアリズムの原型
シュルレアリスム革命と周辺地域の活力 1930年代の小説刷新
パリを去りゆく作家たちとラテンアメリカの政治危機
「驚異的現実」論への到達とその矛盾
『この世の王国』における魔術的リアリズム
『この世の王国』のはらむ問題
『とうもろこしの人間たち』と魔術的リアリズムの課題

第三章 魔術的リアリズムの隆盛
メキシコ文学からの新しい動き
「好轍手」と魔術的リアリズムの新機軸
『ペドロ・パラモ』と死の共同体
ガルシア・マルケスと『百年の孤独』への道
『百年の孤独』と魔術的リアリズムの完成 ユートピア的共同体の建設
魔術的世界と外界との衝突 孤独の始まり
マコンドの消失と『百年の孤独』の意味

第四章 魔術的リアリズムの新展開
「魔術的リアリズム」の定着
魔術的リアリズムの定義 ラプラタ幻想文学との区別
ホセ・ドノソの登場と『夜のみだらな鳥』
『夜のみだらな鳥』における「負の魔術的リアリズム」
「魔術的リアリズム」から生まれる崩壊へのヴィジョン

第五章 闘う魔術的リアリズム
広まる権威主義的政治体制の脅威
独裁者小説の隆盛 三大独裁者小説の登場
『族長の秋』への道 ガルシア・マルケスと独裁者
小説家と独裁者 対決の構図
2つの魔術的リアリズムの衝突 「声」の覇権を求めて
独裁者の神話に抗して
権威主義的政治体制と魔術的リアリズムの新時代 ドノソの場合
レイナルド・アレナスとキューバの性的リアリズム

第六章 文学の商業化と魔術的リアリズムの大衆化
物語文学の商業化とベストセラー時代の到来
『精霊たちの家』の成功
利用された魔術的リアリズム
魔術的リアリズムの新たな段階
次世代の魔術的リアリズムと新しい道

結びにかえて 世界文学のなかの魔術的リアリズム
主要参考文献

魔術的リアリズムを理解するためのブックガイド

==================================================

【関連記事】

ビックリマンやクトゥルーにも通じるシュールなマックス・エルンスト


美しい自然と朗らかな人たちを描いたバンドデシネの傑作『ムチャチョ』


ユートピアは死んだ!脳がぐちゃぐちゃになる超絶小説、発売!


『幻視とレアリスム: クールベからピサロへ フランス近代絵画の再考』人文書院

【関連書籍】
スティーヴ・エリクソン『エクスタシーの湖』


スティーヴ・エリクソン『黒い時計の旅』

【ROOKで棚をつくりました】


==================================
【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
==================================
==================================
「BOOKニュース」では出版系のイベントからマニアックな新刊情報まで、
本に関する情報を収集して紹介しています。
ユニークな本を出される出版社様、
紹介させていただきたいのでBOOKニュース宛に新刊をぜひ送ってください!
↓宛先はこちら↓
〒333-0834
川口根岸郵便局留
Bookニュース 永田希

twitterアカウント(@honzuki_news)でもときおり呟いております。
RSSフィード購読はこちら。

コメント

コメントをお寄せください。

コメントの投稿

コメント(必須)