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音楽の先へ。論争的な聴取とは何か。『ユリイカ』ジョン・ケージ特集

今年2012年は、20世紀アメリカを代表する現代作曲家ジョン・ケージの生誕100周年。これを記念して、演奏会や関連本の刊行が相次いでいる。また最近の「きのこブーム」は、このケージ生誕100周年と深い結び付きがある、と僕は考えている。さて今回、批評誌『ユリイカ』でもジョン・ケージ特集が組まれた。ケージの弟子でもあった日本の作曲家・一柳慧へのインタビューや、坂本龍一と小沼純一による音楽史とケージの関係をめぐる対談、またケージをめぐるクイズ・キーワード集・年表など、ケージ入門としても読める豪華な内容だ。
 
ジョン・ケージは、「4分33秒」という「ピアニストが何も弾かない」ことで世間に衝撃を与えた作品を始め、異端の作曲家というイメージが強いかも知れない。しかし、実はヨーロッパの現代音楽史上に巨匠として名を残すシェーンベルクの弟子であり、また現代美術史上に一大ムーブメントとして名を残す「フルクサス」に強力な影響を与えており、単なる「異端」として無視することができない存在でもある。
 

 
今回は、この特集に原稿を寄せた執筆者たちのなかで、いわゆる「現代音楽」に留まらない、消費財としての現代の音楽全般を視野に入れた論を展開した、仲山ひふみの文章を紹介したい。
 
「ポスト・ケージ主義をめぐるメタ・ポレミックス」と題されたこの文章は、とっつきにくいタイトルの割に、現代にいたる音楽学の「聴取」にまつわる議論を、簡潔にまとめた読みやすいものになっている。この文章で紹介されている、庄野進、渡辺裕、今井晋らによる、「音楽」や「音」をどのように聴いて、どのように楽しむべきか、あるいはどのように解釈することが可能なのか、という議論が手短かに整理したあとで、最終的に仲山は「音楽は今こそ論争的になる必要がある」と述べる。これはどういうことなのだろうか。
 
仲山の文章は既にかなり文脈を圧縮したものではあるが、さらに概説してみよう。
まずその前に、ケージの代表作である『4分33秒』の「演奏」の動画を紹介しておく。

さて仲山が紹介している、音楽学者の庄野進聴取の詩学は、この「4分33秒」(の執筆当時の最新版)の初演に接した体験の描写から始まる。そこで庄野は「聴取によって全ての音が音楽になる」という思想を紹介し、そしてそれは「録音・複製の技術によっていつでもどこでも音に耳を傾けそれを消費可能となった現代の論理」に沿うものだと述べる。聴取することは、単に感覚的に快を受け取る受動的なものではなく、そこに「意味」を積極的に生産するものである、という観点だ。受動的なままでは「何も聞こえない」という経験にしかならない『4分33秒』に対して、そこに「意味」を積極的にに聴き取っていくことが可能であり、その豊かさはほとんど無限である。そしてこの「積極的に意味を生産する聴取」は、作曲や演奏といったいわゆる「音楽」的な事情を曖昧にしてしまい、聴き取れるすべてのものを対象にすることが可能になる。

 
こうした「沈黙やノイズ、環境音を含めた全ての音を可能な音楽的対象にしながら、それらをただ聴取のみによって価値付けようとする立場」を、仲山は「ポスト・ケージ主義」と呼ぶ。「解釈を拒み、音そのものに身を委ねようとする快楽主義的な聴衆」という群像を見出した渡辺裕聴衆の誕生を参照しながら仲山は、この、作曲家の意図や音楽史的・思想的な「重み」を逃れる「軽やかな聴取」と、庄野の論じた聴取の在り方が表裏一体であることを指摘する。この「軽やかな聴取」は、インターネットによるコンテンツ共有メディアが発達した現代においてはさらに加速し、今井普の言う「軽薄な聴取」の域にまで達している。

 
このような「軽やかな聴取」「軽薄な聴取」が一般化している現代的な状況にあって、同人音楽とその周辺 : 新世紀の振源をめぐる技術・制度・概念の著者である井手口彰典は、インターネットを中心に展開している音楽消費と生産のサイクルを観察しながら、人々が気楽に作曲できるようになっていることを取り上げている。音楽学者の増田聡も「”音楽のデジタル化”がもたらすもの」という論文のなかで、「通常の作曲の定義には反するような、もはや聴取と作曲が曖昧になり両者の区別が意味を成さない様な状態」を想定している。

 
仲山は、庄野のような「聴取」、聴衆による「軽やかな聴取」、そして「聴取と作曲が曖昧になった状態」を列挙したあとで、あらためてそれらの「聴取」が「音楽の再生産」に関わっていくことに注目する。「音楽の再生産」は「聴取」のみで行われるものではなく、その外部を必要とする、と仲山は指摘する。この場合の「聴取」や「音楽」の外部とは、テクノロジーや他のジャンル(たとえば演劇)を指す。

 
仲山によれば、ケージ的な「聴取可能なものすべてに意味を生産する」という行為は、無限の反復を経て、結局のところ音楽の再生産の可能性から遠ざかっていく。音楽における聴取を絶対化することに将来性はないのだ。仲山が「音楽は今こそ論争的になる必要がある」という場合の「論争的」とはつまり、こういうことだといえるだろう。「聴取によって全ての音が音楽になる」、しかしその「外部」がある。その外部を呼び起こし、聴取が「音楽」としたその「音」に論争を呼び起こす。このことによって「音楽」は、単に「ただ聴く」という以上の「意味」を生産することが可能になる。そのようにして音が聞かれることによって、音楽はまさに再び生産されることになるのだ。
 
 
 
【関連書籍など】


 
目次
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■人生に関する断章*10
  大津事件と児島惟謙について / 中村稔
 
■破局論*6
  ファニーを探す / 飯島洋一
 
■耳目抄*305
  「まどうてくれ」 / 竹西寛子
 
■詩
  赤い耳石、もしくは魂の動き / 高貝弘也
 
特集*ジョン・ケージ 鳴り続ける〈音〉 生誕100年/没後20年
 
【インタビュー】
メモリー・オブ・ジョン・ケージ 作曲家/演奏家のために / 一柳 慧 聞き手=小沼純一
 
【エッセイ】
自由への長い道のり / 高橋アキ
「突然、沈黙」というアネクドート / 巻上公一
ケージを演劇で実践したら…… / 多田淳之介
既にそこにある音/未だここにない音楽 / 蓮沼執太
 
【音楽のアステリズム】
「ケージ批判」を読む / 近藤 譲 
音楽はきのこなのか?” 菌学者【マイコロジスト】としてのジョン・ケージ / 飯沢耕太郎 
Happy new ear…?” / 鈴木創士 
☆チェスときのこは☆顔見知りの挨拶を交わす” / 大山エンリコイサム 
 
【対談】
音楽史の水脈 いつもそこにケージがある / 坂本龍一 + 小沼純一
 
【QQQ】
ジョン・ケージ・クイズ / 山田亮太
 
【沈黙の彼方に】
「四分三三秒」のための約一五時間からの約一万字 / 佐々木敦
彼女は本当に泥棒だった / やくしまるえつこ
ジョン・ケージの記譜法 / 柿沼敏江
山は山、川は川 ケージ《ビートルズ1962―1970》の愚直な分析 / 椎名亮輔
so to speak(言うなれば) ジョン・ケージにおける即興の問題 / 中井悠
 
【アッサンブラージュの技法】
ジョン・ケージ「ロアラトリオ」について語る 「カール・チューカ賞」受賞記念講演 / ジョン・ケージ 訳=堀内宏公
「異なる流れ」の詩学 ジョン・ケージと墾久理途詩【コンクリートポエトリー】 / 金澤一志
マラルメの星座、ケージの星群 / 熊谷謙介
 
【ジャパン・ミックス】
失われた鳥籠 奄美群島のジョン・ケージ / 今福龍太
沈黙と真空 ジョン・ケージを批判するオノ・ヨーコ / 木村覚
ドキュメント・日本のミュージサーカス 二〇一二年八月二六日の試み / 白石美雪
禅がかすって ジョン・ケージとスティーブ・ジョブズ雑感/ 小沼純一
日本におけるジョン・ケージ受容 / 上野正章
 
【現代とのリユニオン】
「ジョン・ケージ以後」としてのサウンド・アート (における「聴くこと」とテクノロジー) / 畠中実
「ポスト・ケージ主義」をめぐるメタ・ポレミックス / 仲山ひふみ
 
【資料】
ケージを理解するためのキーワード集 / 中井悠
ジョン・ケージ略年譜 / 白石美雪
 
■今月の作品
  貝又臣・武田祐子・尾久守侑 / 選=小池昌代
 
■われ発見せり
  ドレスを着たストア派 / 長門裕介


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【関連ページなど】

フィジカルの速度

横尾忠則にもインタビューしたという大山エンリコイサム。
現在の若手美術家のなかで、
評論もできるし作品も質が高い、稀有な存在だ。
そんな大山の作品をまとめて鑑賞できる展示が
築地で行われている。
かつてグラフィティと言われた「ストリート・アート」の、現在に至るまでの洗練と、それにともなう問題などを織り込みながら、正統な「現代美術」の系譜にも連なる、鑑賞していて飽きない興味深い作品の数々。
なお、大山は今月から拠点をアメリカに移すため、今後日本で作品を観る機会はどうしても減ってしまうと思われる。期日までもうほんとうに僅かだが、寸暇を惜しんで駆けつける価値はあるだろう。
 

一柳慧 / ‘Music For Living Space’ 1969


本誌にてインタビューを受けている、「ケージの弟子」と言われる一柳慧による作品。
荘厳な合唱に、電子音声が朗読する建築に関するテクストがかぶさってくる。
難しいことは抜きにして、とりあえずこれはカッコいいでしょう…
 

近藤譲 / 視覚リズム法 / 演奏:須藤英子


本誌に「”ケージ批判”を読む」という文章を寄せている作曲家の近藤譲。彼も非常に素晴らしい楽曲を書く。
 

commmons: schola vol.9 from Satie to Cage 講義動画



本誌で対談している坂本龍一と小沼純一による、ケージに関する講義動画。
今回の記事で取り上げた仲山ひふみの「ポスト・ケージ主義」とはまた別の、ケージに関連する音楽が紹介されている。
 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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