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最高齢ラノベ作家誕生。SF界最狂の巨匠、筒井康隆がラノベを描いた!

日本のSF界を黎明期から牽引してきた大御所作家の筒井康隆が
なんとライトノベルの単行本を刊行した。
作品のタイトルはビアンカ・オーバースタディ
『涼宮ハルヒ』から着想を得たという「未来人」の設定を導入した、
意外なほどマトモなSFライトノベルだ。
 

 
「美しいハーフの女子高生が、生物の実験のために下級生の精液を採取する」という筋書きのスキャンダル性は、本書を読んでいるうちにわりとどうでもよくなってくる。これについては「なんだ、いつもの筒井康隆か」という感想を超えるものではない。
 
かつて、悪書追放運動に対して『くたばれPTA』を発表したり、盟友の小松左京が書いた『日本沈没』がベストセラーになると、その向こうを張って『日本以外全部沈没』を書いたり、日本てんかん協会との悶着の結果「断筆宣言」をするなど、スキャンダルを巻き起こすことについては筒井の才能はもう十分わかっている。
今回の記事では、そのようなスキャンダル性は横において紹介したいと思う。
 
本書については、2つの評価の仕方がある。
これは刊行前に公開されている筒井自身の「あとがき」にも書かれているのだが、
1つはエンタメ小説として、もう1つはメタフィクションとして、という読み方だ。
 
エンタメ小説としては、
さすがに77歳の人間が書くものなので、
言葉遣いがところどころ古臭い感じが否めない。
 
むしろ文体の古臭さについては、
「どうせネタになるんだからいいや」という開き直りが感じられる。
文学者になる前は舞台俳優であった筒井らしい、肝の据わった態度だ。
 
純文学作家としても長年活躍してきているだけあって、
文章は異常なくらい読みやすい。
かつてジャズという音楽がまだ前衛的だと言われ、
その身体性が称揚されていた頃、
「ジャズ小説」として軽快なテンポの文体を模索していただけはある、
と言わざるをえない。
 
言葉遣いが古臭くても、
洗練された文体であればここまで読みやすくすることができる、
という、元祖「軽薄文学」の真骨頂が発揮されている、と僕は思った。
これについてはしかし、ライトノベル読みの中高生がどう感じるか、
そこを観察したいというのが本心だ。
 
ストーリーは、
次から次に意表をつく展開が用意されており。
「老齢の文豪が冗談でライトノベルとやらをちょちょっと書いてみました」
というレベルのものではない。
 
往年の人気作家である筒井康隆が、
ライトノベル市場に対して本気で殴りこみをかけようとしたものと思われる。
もっとも、本気の本気だったならば、
通常のライトノベルのレーベルから、ライトノベルの判型で出して貰いたかった。
 
ともあれ、問題はメタフィクションとしての読み方の方だ。
この作品を、どのように深読みするのが妥当なのか。
筒井はどこまで考えてこの作品を書いたのか。
そこを読み解く必要があるだろう。
 
まずは前述のとおり、
本作の設定は『涼宮ハルヒ』シリーズに登場する「未来人」の設定を取り入れている
(作中で、思わず微笑んでしまうような引用的描写もあるので、
 これから読む人はお楽しみに)。
もうひとつは田中ロミオ『人類は衰退しました』への露骨な参照が認められる。
これはネタバレになるので詳細は自粛しておこう。
ライトノベルではないが、京極夏彦作品への言及もある。
 
また、本作は筒井康隆の代表作のひとつ『時をかける少女』のセルフパロディにもなっている。
登場人物がタイムスリップをする少女であることはもちろん、
主要な舞台になるのが理科室であるところ、
理科の先生が登場するところなどもなぞらえてる。
 
本書の前半部分は、高校生生活の単調な繰り返しを、
文字通り文章のほぼそのまんまな繰り返しを用いることで強調している。
これについてはちょっと読みづらいし、
新規性はあまりないなあと思ったのだが、
物語を読み終えると格別の余韻を結末に与えるやり方だったのだと頷かされる。
最近話題になっている「ループもの」の本質に対する、
作品そのものによる明確な批評的応答だと言えるだろう。
 
「ループもの」は、「そこから抜け出せない」という退屈と絶望を端的に表現しており、
作中で登場人物がどんなに「そこから抜け出すことができない」と思ったところで、
いわゆるバッドエンドにならない限りは必ず抜け出すことが可能になっている。
矛盾した表現を敢えて利用すれば、
それが失敗でない限りは、「ループもの」は原理的に「ループものではない」のだ。
「ループ」は、物語にカタルシスをもたらすために導入される仕掛けに過ぎない。
 
本作は、物語がSF的に展開する前に、
ベタに「ループ」を描くことで、
実にあっさりと「日常生活=ループもの」という隠喩を浮き立たせる。
 
押井守のアニメ映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』以来、
おごそかに物語のクライマックスに埋め込まれてきた「ループ」は、
虚構作品ならではの現象であり、
かつ「それこそ我々の現実ではないか」という鑑賞者の読解を喚び起こしてきた。
 
「ループ=現実」という構造は、「現実こそ虚構なのだ」という、
あたかも「ちょっとヒネっている」かのような発想を、
いつまでも「ちょっとヒネっている」ように見せ掛けるための装置に過ぎなかった。
 
そのことを『ビアンカ・オーバースタディ』の前半に置かれた単純な繰り返しは、
読者の脳裏に読み取らせる。
 
筒井にライトノベルを紹介したのは、
ループを「ゲーム的リアリズム」の重要な要素として論じた評論家の東浩紀の紹介だと言われている。
 
彼は1960年代に『しゃっくり』ですでにループものを書いていたし、
本作でセルフパロディしている『時をかける少女』でもループを扱っていた。
 
実はかなり堅実で地味な本作の結末の、滋味溢れる余韻、あるいは重みは、
ループものが往々にして問題化してきた、
「退屈な現実を、結局のところどう受け入れるのか」
というテーマに対する筒井なりの回答なのだと言えるだろう。
 
「ループもの」を本作でどう相対化するのか、というのは、
重要な課題だったと思って間違いない。
 
なお、本作における性的な描写を、
ライトノベル(とりわけ昨今の「過激化した」ライトノベル)のパロディだと思う読者が
一部いるかも知れない。
たしかに最近のライトノベルは「過激化」しており、
読みながら赤面を禁じ得ないものもある。
 
しかし、実は露骨な性描写、エロティックな表現というのは、
文学の歴史を振り返ればいくらでも見つけることができる
とりわけ、性的な規制が道徳の名のもとに大々的に流行した19世紀末以降、
「猥雑」であることは文学の先鋭性の証であり、
反骨や前衛を自認する文学者たちはこぞってポルノ小説を書いた。
 
筒井康隆は、学位論文の題材をシュルレアリスムにとっており、
こういった文学史上におけるポルノ的な表現の重要性や役割を当然知っていたと推測できる。
ちなみに僕は本作を読みながら、
少年少女の反社会的で奔放な性的な戯れが恐るべき死や人体破壊へと向かっていく
バタイユ眼球譚や、
やはり思春期の少年少女が、
潮の満ち引きに合わせて性的な遊戯に没入する様を描いた
マンディアルグ『満潮』などを思い出した。
(マンディアルグ『満潮』は生田耕作訳で奢霸都館から刊行された版の装幀が素晴らしい)

  

 
ほとんど不必要に後半に登場するスプラッタな描写は、
この19世紀末以降の文学史に対する目配せだと言っても許されると思う。
 
後半、結末部分直前には、何か突然思いついたかのように時事ネタが詰め込まれる。
他の作家がこれをやると、社会派気取りの付け焼刃に思われるかもしれないが、
ほかでもない筒井康隆がやっているのである。
 
草食系男子に対するアジテーション、原発問題、資本主義批判。
これらは「老い先短い(と作家自身が書いている)筒井が後世に向けて残したメッセージだ」
と読めなくもない。
 
だがこの場合、
ほかでもない筒井がやっているのだということを念頭に入れると、
やはりこれはある種のパロディなのではないかと、穿った見方をすることが
むしろストレートな読み方なのではないかと考えざるを得ない。
 
どこまでも本気でやっているように見せて、実際のところは醒めている、
そういうポーズを取ることで、実際のところ本心を吐露している、
というのがいつもの筒井なのだ。
 
こう書くと、
あたかも筒井が社会問題を真面目に取り上げようとしているように見えるかも知れないが、
そうではない。
筒井は「社会問題を取り上げる」ということについては本気だが、
その社会問題に対して本気で取り組むつもりは無い
(もし筒井がそういう生真面目な作家に転向していたとしたら、
 その姿は作品からではないところから見えてくるはずだ)。
 
何がパロディで何がストレートかわからなくなるような状況を作品に持ち込むこと。
これこそが「すべては虚構だ」とうそぶいていた老作家の基本姿勢なのだから。
 
そういう意味でも、やっぱり「いつもの筒井康隆だ」ということになるかも知れない。
これを天才の健在と呼ぶべきか、安定のマンネリと呼ぶべきか、ファンとしては悩ましいところだ。
ともあれ前半のエロティックな描写の性的興奮喚起力は確かなもので、
これをあのふてぶてしく尊大な佇まいの77歳の男性が書いたのかと思うと悔しいくらいである。
 

【関連書籍など】


 

 
【関連ページ】

筒井康隆『ビアンカ・オーバースタディ』 – 小説☆ワンダーランド

書評。
筒井康隆の過去作や、他のライトノベル的な作品に対する言及も参照した内容。
勉強になります。
 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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コメント

  1. 筒井康隆のスゴさを分かり易く教えて貰いました。

    バタイユやマンディアルグなどへの言及は、ちょうど「城の中のイギリス人」を読んだところだったので、勉強になりました。

  2. レビューに愛があって感動しました
    図書館で見かけて「筒井康隆がライトノベルだと!!血迷ったか!!」
    と心配になりましたが通常運行のようで安心しました
    改めて読んでみます

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