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新世代ミステリの面白さと背景が良く分かる評論集『21世紀探偵小説』

今回紹介する21世紀探偵小説 ポスト新本格と論理の崩壊は、現在のミステリが退潮傾向にあることを前提に、次世代のために現状を分析しようという意欲的な評論集。執筆者は『ベストセラー・ライトノベルのしくみの飯田一史を筆頭に、海老原豊・藤田直哉・岡和田晃ら日本SF評論賞受賞者3名、現役のミステリ作家2名を含む錚々たるメンツによる限界小説研究会(限界研)。探偵小説のクリティカル・ターン』『社会は存在しない』『サブカルチャー戦争に続く限界研4冊目の書籍だ。
 
さて、なぜ現在のミステリが退潮しているのか。
限界研は、おそらく「現在のミステリの読まれ方を理解している読者が少ない」ということがその理由だと考えているようだ。よって、本書では「現在のミステリの読み方」を解説するものが大部分を占めている。「現在のミステリ」を読み慣れている読者ならば、自分の読み方と比べてみてもいいだろう。かつてのミステリを読んでいたが最近のミステリは面白くないと思っている読者には、自分の感性をアップデートする良い機会になるだろう。そして、ミステリの初心者にとっては、最新の作品から手をつけるための良い入門になっている。
 

 
ミステリを読むときに「面白くない」と感じるのには2つの場合がある。ミステリー(謎)と探偵役の推理に納得がいかない場合と、文体が稚拙だったりストーリーの運びが鈍臭かったり、小説としてそもそも面白くないという場合だ。
 
小説としての面白さはさておき、「納得のいく推理」とはしかし一体どういうものなのだろうか。あるいは、ある推理に対して読者が納得行かないとき、それはどういう状態なのだろうか。本書では、現在のミステリにおける「論理の崩壊(にみえるもの)」がもっぱら論じられる。読者が作品に「論理の破綻」を読み取るとき、納得のいかない気持ちになる。要するにその読者の気持ちに対する回答が本書だ、と言ってもいいだろう。
飯田による序論では「作家の論理能力の破綻(にみえたもの)、作家が登場させるキャラクターの論理能力の破綻、ミステリ読者の側の論理思考の衰退や変容(にみえるもの)、そして形式性を突き詰めていくと避けがたく直面する”論理の自壊”」が挙げられている。
 
かつて推理小説の探偵は、医者が病原体を発見するように、事件の真相と犯人を探っていた。探偵には、「科学的な」方法は啓蒙主義的な合理精神があった。しかし日本において、第二次世界大戦の敗戦以来ずっと信奉されてきた合理精神は、バブルの崩壊と現在なお続いている不況によって疑問符を突きつけられている。
 

「合理精神に疑問符を突きつけるミステリ」としてもっとも華々しいのは、推理小説の文学賞「メフィスト賞」の第二回受賞者である清涼院流水(せいりょういんりゅうすい)だろう。歴代の受賞作が軒並み問題作揃いだとうたわれるメフィスト賞の受賞者たちのなかでも、清涼院の異様さは際立っている。「清涼飲料水」からペンネームを付け、小説家ならぬ「大説家」であると自らうそぶくこの人物は、森博嗣のデビュー作すべてがFになるが第一回メフィスト賞を受賞した同年、『1200年密室伝説』(のちにコズミック 世紀末探偵神話と改題して刊行)でこの賞を受賞した。
「1年間に1200件の密室殺人を犯すという予告状に対し、12人の探偵が挑む」という、唖然とするような設定も強烈だが、その探偵の推理方法が「一瞬にして真相を悟ってしまう」などのように、一般的にはほとんど論理とは呼べないものであることが話題を呼んだ。
 
飯田一史が論じる「”変わってしまった世界”と21世紀探偵神話」は、清涼院流水が描いた「論理的に破綻している推理」がどのような意味を持つものだったのかを扱う。飯田は清涼院自身の発言を引きながら、彼を「バブル崩壊と震災から生まれた作家」と表現している。阪神大震災で実家が全壊するという経験に直面した清涼院は、かつて「真に恐ろしい事件とは、起きるまではバカバカしく、たいてい現実感がないように見える」と書いていた。飯田は「清涼院は、正しかった」と端的に書いている。
 

  

その清涼院流水を強く意識していたと思われる作家が、三島賞を受賞し、芥川賞の常連候補にもなっている舞城王太郎である。彼も第19回メフィスト賞の受賞者だ。
飯田は舞城と清涼院を対比させながら論を進める。設定の荒唐無稽さ、推理の一見した非論理性において、舞城は清涼院と似ているのだ。どちらも、大量消費社会における人間の記号化と、その記号化を経た上で死や犯罪を描いた。「ひとりひとりの掛けがえのない死」を描かなかった清涼院に対して、どのようにすればその切実さを表現できるか、舞城はその問題に取り組んだのではないか、と飯田は指摘する。
 
人間が記号化してしまった大量消費社会のあとでは、「ひとりひとりの掛けがえのない死」だけではなく、当然「ひとりひとりの掛けがえのない生」も描くのが難しくなる。死がドラマチックでなくなれば、人々の生きざまもドラマチックに描けなくなってしまう。
藤田直哉は「ビンボー・ミステリの現在」で、詠坂雄二乾いた死体は蛆も沸かないや西尾維新難民探偵、佐藤友哉灰色のダイエットコカコーラ、阿部和重ニッポニア・ニッポンなどの具体的な作品を挙げながら「ゾンビのように感受される生のリアリティの貧しさ」を彼自身の実感を織り交ぜつつ解説する。
この藤田の論考が思いがけず共感を誘うもので、個人的には一番面白く読めた。
 
本書には、このほかミステリ小説が非合理性あるいは神秘性と表裏一体になった論理性を最初期から持っていたことを系譜的に指摘する岡和田晃の「現代”伝奇ミステリ”論」や、ミステリ小説の形式における問題の最前線を紹介する蔓葉信博「推理小説の形式化のふたつの道」など、読みどころが満載。まさに僕自身がそうなのだが、ミステリに普段あまり親しんでいない人にも読んでもらいたい1冊だ。
 
【関連書籍など】


 

 
目次
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序論 新本格ミステリの衰退期になすべきこと(飯田一史)
 
第一部 21世紀的生とミステリ
 二一世紀探偵小説と分岐する世界(笠井潔)
 「変わってしまった世界」と二一世紀探偵神話—清涼院流水/舞城王太郎論(飯田一史)
  ビンボー・ミステリの現在形—「二一世紀的な貧困」のミステリ的表現を巡って(藤田直哉)
 
第二部 形式性の追求とミステリ
 推理小説の形式化のふたつの道(蔓葉信博)
 検索型ミステリの現在(渡邉大輔)
 群衆の救世主(笠井潔)
 21世紀本格2—二〇〇〇年代以降の島田荘司スクールに対する考察から(飯田一史)
 
第三部 ミステリ諸派の検討
 「新本格」ガイドライン、あるいは現代ミステリの方程式(蔓葉信博)
 叙述トリック派を中心にみた現代ミステリの動向と変貌(小森健太朗)
 終わりなき「日常の謎」 米澤穂信の空気を読む推理的ゾンビ(海老原豊)
 現代「伝奇ミステリ」論—『火刑法廷』から〈刀城言耶〉シリーズまで—(岡和田晃)
 「謎解きゲーム空間」と〈マン=マシン的推理〉—デジタルゲームにおける本格ミステリの試み(藤田直哉)
 
結語 本論集の使用例(飯田一史)
 
ポスト新本格のためのブックガイド50選
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【関連ページ】

限界研『21世紀探偵小説』をめぐって(完全版) – Togetter

 

 
 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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