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クイア理論の先駆者が論じる、性を超越した「親密性」の概念

親密性が洛北出版から刊行された。
 
本書の主な著者であるベルサーニはフランス文学と精神分析を専門とする評論家で、クイア理論の先駆者として知られる。この本は、ベルサーニと、フロイトの翻訳シリーズの監修者を務めたアダム・フィリップスによる対話の記録だ。
「徹底した探求のようには書かれていない」と序文で明言されており、全体の構成も、何かの主張があってそれを論証していくようなものではない。精神分析、映画、神学、政治、そしてHIV感染者によるゴムなしのアナルセックス(ベアバッキングと呼ばれる)についての、明確な終わりのない考察が展開されていく。
 

 
クイア理論とは、もともと「変態」を指す侮蔑語だった「クイア」を、規範的な性を問い直すための契機として論じるもの。
 
本書のタイトルは、HIV感染者のタチから敢えて感染しようとするネコ(バグチェイサーズと呼ばれる)と、危険を承知でそれに応えるタチ(ギフトギバーズと呼ばれる)によるベアバッキングを論じた、クイア理論家ティム・ディーンの『無制限の親密性 (Unlimited Intimacy)』から取られていると思われる。
ベルサーニによる第二章「恥を知れ」では、このディーンの調査をもとに、「親密性」の概念を論じる。

 
一般的に「親密性」と翻訳される「Intimacy」は、「男女のあいだの情交」を指す事が多い。
そして、同性愛でも「特定の男役」と「特定の女役」のカップルのように、この「男女の情交」を前提にしたカップルが成立することがある。
 
彼らが単に男女の情交を真似しているだけならば、それは世間にありふれた異性愛文化を擬似的に反復しているだけにすぎない。
ベルサーニが頻繁に参照するフランスの思想家ミシェル・フーコーによれば、同性愛の(特にSM的な)関係においては、男役・女役の役割が交換可能になる。
ベルサーニは、フーコーが「ジェンダーにもとづいた根本的にヒエラルキー的な関係性という支配的な異性愛モデルをもたない関係性をつくるべきだと述べ」ていたとし、バグチェイサーズとギフトギバーズとのベアバッキング(情交)における「親密性」にその可能性を見出そうとする。
 
なお、ベルサーニについては、先日刊行されたばかりの思想誌『思想地図β3 日本2.0』所収の論考で、哲学者の千葉雅也が名前を挙げている。引用されたのは、「社交性とハッテン」と訳された論考。「直腸は墓場か?」という論集に収められた「Society and Cruising」という文章だ。

千葉の論考「あなたにギャル男を愛していないとは言わせない」で引用されているベルサーニの文章は、ゲイのハッテン場を、「まったく外面的な判断のみによって相手を選び、すぐさまセックスをして去っていく場所」として、「一般的な社交性」の最低限の状況だとするものだ。「自分の実存をまるごと賭ける」のではなく、自分の「いくつかの部分」だけで、控えめに交流すること。そのクールな社交性と、その快楽を、ギャル男たちの「チャラさ」に関連付けて論じているのが千葉の議論である。

 
おそらくベルサーニのいう「親密性」と「社交性」とは別の概念だろう。ただし、『親密性』のほうには「ベアバックをする人々の直腸は墓場である」という表現がある。これは、HIVウィルスに感染することを受精行為に見立て、直腸を生殖力のある子宮に見立てるベアバッカーの「妄想」を紹介した直後に登場する断言だ。HIVウィルスに感染することで自らの将来の死を先取りし、かつ生殖力のある精子を腹の中で死滅するに任せるという、二重の想像的な殺人がそこにある。
 
ベルサーニは、とあるビデオのベアバッキングのシーンの紹介を、この「二重の想像的な殺人」のあとに続ける。
 
そのビデオでは、数人の男性にファックされた男性のアナルに、彼が出会ったことのない男性たちの精液が漏斗で流し込まれるというシーンがある。
この場面で、ウィルスの伝染によって結び付けられた「親しい」男性たちどうしのコミュニケーションが行われている、とベルサーニは主張する。
 
ベルサーニによれば、ベアバッキングの乱交パーティには、カップルでの「親密性」にあるような、人間的な特徴は「なにもない」。
ベアバッキングにおいて見知らぬ男性を含む複数の男性の精液を直腸に迎えるネコは、もはや「人間的」とは呼べないような「親密性」をつくりあげる。
「人間的とは呼べないような親密性」、ベルサーニの表現を使えば「非人称的な親密性」は、自他を破壊しようとする攻撃を生み出す「人称的なナルシシズム」に対立する、本書の主要なテーマとなる概念だ。
ベルサーニは、ソクラテスの愛についての議論や、フロイトのナルシシズムとマゾヒズムの議論を参照し、「非人称的な親密性」が、世界の中でうまく生きていくために必要なものだと主張する。
 

 
 
【関連書籍など】


 

目次
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 序 文
 
   わたしのなかの It
 
   恥を知れ
 
   悪の力と愛の力
 
   誰が書いたものでもないメモ
 
   結 論
 
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【関連記事】

『言説、形象(ディスクール、フィギュール)』


40年前に刊行された、フランスの思想家ジャン・フランソワ・リオタールの主著。
昨年ようやく邦訳が刊行されたが、実は英語圏でも昨年ようやく英訳が刊行された。
その英訳の刊行時に推薦文を書いた人物の一人がベルサーニである。
 

 
 
【関連ページ】

心拍数によって透明になり肌が見えるハイテクドレス「INTIMACY 2.0」 – GIGAZINE

INTIMACYつながりで。
この単語にはやはりどこかしらセクシーなニュアンスがあるようです。
 

洛北出版|書籍詳細|『親密性』

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コメント

  1. おもしろかったです。
    …といっても、半分も理解できていないかもしれませんが。
    ホモセクシャルの情交における、「ハッテン」と「親密性」の対比。
    そして不特定多数の交わりにより生まれる「非人称的な親密性」。
    消化しきれてませんが、片隅において、後々しがんでいきたいなと思います。

  2. ありがとうございます。ナガタです。
    僕個人も、興味深い論考ということで紹介しましたが、すべて理解したかというと自信がありません。

    しかし、ベルサーニのいう「非人称的な親密性」と、それを可能にする無意識のありかた(ここについてはもとの本に詳細が書かれていますが、精神分析の知識が多少ないとかなり難しいのですが)は、とても大事なテーマなのではないかと思っており、今後も注目していきたいと考えています。

    追伸:
    「しがんでいきたい」の「しがむ」という言葉を知らなかったので、ついググってしまいました。「噛み締める」という意味なんですね。勉強になりました。

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