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新しい日本はどうあるべきか?新世代の賢者達が導き出した希望の書

評論家で小説家でもある東浩紀が代表をつとめる出版社「ゲンロン」が、思想誌「思想地図β」の第3号となる「日本2.0」を刊行した。
 
高橋源一郎をはじめ、村上隆、梅原猛、椹木野衣といった錚々たるゲストが名前を連ねている。「日本」という大きなテーマを取り上げ、そこにある複数の課題を根本から問い直そうという特集だ。
旧弊になってしまった「日本」とは何か。そして作りなおされるべき日本の新しい姿はどのようなものなのか。
 

 
まず注目したいのは、編集長でもある東浩紀による巻頭言と、その巻頭言より前に置かれた「オープニングアートプロジェクト」。
 
東浩紀は、冒頭に述べたとおり評論家であり小説家でもあるが、今は何よりも出版社の経営者であるという点が重要だ。今でも大衆小説の賞レースにおいて最大のイベントとみなされている芥川賞と直木賞が、小説家であった菊池寛によって創設されたことを思い出そう。この二つの賞は、菊池が設立した「文藝春秋社」で選考が行われる。文藝春秋社は、雑誌「文藝春秋」を刊行する出版社だ。
 
東浩紀が代表をつとめる株式会社ゲンロンもまた、「思想地図β」を刊行する出版社である。ゲンロン(この会社は少し前に「コンテクチュアズ」から改名している)は「思想地図」の刊行の他にも単行本を出版したり、イベントを開催するなど多彩な活動をしている。
この活動を含め、ゲンロンは東浩紀の思想の実践のなかで中心的な位置付けを与えられている。そして「思想地図」は、そのなかでもまさに支柱と呼ぶべき役割を担うものなのだ。
 
東は、巻頭言で本誌を概観してみせる。
10ページを超える分量を持つこの「巻頭言」は、彼が本誌に込めた意気込みを凝縮したものだ。この巻頭言によれば東の目的は、本誌において次のものを探求することだ。
すなわち、「あらゆる政策や分析の基底にあらざるをえないような、日本の新しい自己イメージ」
 
日本はいま転換期にある、と東はいう。そして、明治の福沢諭吉の言葉を引用しながら、いまの日本は、明治維新のときと同じく、この新しい国をつくるための新しい「心」を求めている、と主張する。
 
東は、「原発再稼働の是非をめぐり胸の痛くなる激論が続くすぐとなりで、深夜アニメを題材としたネタツイートが飛び交う、そんなタイムラインこそがいまの日本の現実」と書いている。この「いまの日本の現実」から始めることが、有効な未来図を描く条件になると東は言う。
そのために本誌では、
(大人、あるいはオヤジ向けの)政治や経済のような重く深刻な話題から、
(オンナコドモ向けの)ポップで軽薄な問いかけまでを含む、
一見したところでは分裂しているかのような構想

が採用されている。
 
ここで東が言う「いまの日本」は、しょせん「東個人のタイムラインから見えている世界」に過ぎないのではないか、という指摘は可能だろう。
スポーツのことにしか関心のない人のタイムラインでは原発やアニメの話題は現れないだろうし、特定の志向に特化したアカウントばかりをフォローしている人のタイムラインからは、東のいう、分裂した「いまの日本」は見えてこない。
 
東と異なる「いまの日本」をみている人は、彼の主張する「新しい心」を理解できないのだろうか。そんなことはないだろう。深刻な話題と軽薄な話題とが入り混じるコミュニケーションは、ほとんど全ての人が日々経験している現象だからだ。東がTwitterのタイムラインを挙げているのは、その有り触れた現象の一例に過ぎない。
 
本誌を読む上でおそらくもっとも大事なのは、編集長である東が、それぞれの記事を、どのような意図で集め、編んでいったのかを理解することだ。そして、その意図とは、「いまの日本」を作りなおす新しい心を、このありふれた硬軟の話題の混在のなかから構想する、ということである。
 
そこで本誌の冒頭、巻頭言よりもさらに前に置かれた「オープニングアートプロジェクト」と題された、奇妙なひとかたまりの企画に視線を転じる必要がある。
「オープニングアートプロジェクト」。その内容は、次のようなものだ。
先にことわっておくが、この企画はパッと見は冗談にしか思えないし、もしこれが冗談だとしたらかなり笑えない意味不明なものである。
 
「白いスクール水着姿の魔法少女コスプレをした女性、
全身を覆う巨大な着ぐるみを纏った東浩紀、
そしてロールプレイングゲームに登場する賢者のような服を着た見知らぬ男性、
この三人が、なぜか外国の南の島でボーズを決めて写真におさまっている」。

 
このテの悪ふざけに対して「常軌を逸している」とか「意味不明だ」と言うのは、やっている当人たちを喜ばせるだけだ。
もしこれが悪ふざけならばそれは避けたいところである。
しかしながら、この企画は悪ふざけではない。
だからこの企画に対して「意味不明だ」と言っても彼らは喜ばないだろう。
そして、ここからがこの企画の奇妙で魅力的なところなのだが、「これは意味不明だ」と言い切ることはかなり難しい。
 
写真に写っている三人のうち、さきほど最初に挙げた女性は秋葉原に拠点を置く株式会社モエ・ジャパンの代表取締役社長の福嶋麻衣子であり、その名前がスクール水着の胸の部分に平仮名で書きつけられている。その「ふくしま」という文字列は、見るものの脳裏に、福島県の原発事故を思い起こさせずにはいられない。
 
幻冬舎が発行しているカルチャー誌papyrus (パピルス)に東浩紀が小説家として連載をしている最中の作品パラリリカル・ネイションズでは、古代日本にタイムスリップした福島県の少年が、未来におこる大震災を幻視するシーンが重要な契機として描かれている。この作品では、「うた」と「魔法」が強く結び付けられ、「うた」の使い手として日本のアニメのひとつの伝統でもある魔法少女モノのような姿のキャラクターが登場する。

※ここ2号ほど、『パラリリカル・ネイションズ』の連載は休止していたが、『思想地図β vol.3』に掲載された『papyrus』次号予告では連載の再開が宣言されている。
 
そして、東浩紀が身に纏っている着ぐるみ。これは、悪意ある人の眼には、噴飯ものとしか見えないだろう。いや、噴飯ものという評価を通り越して、思わず「意味不明だ」と呼びたくなりそうな姿だ。
これにどんな意味があるというのか。

 
今の魔法少女モノで特に高く評価され世間に認知された作品にまどか☆マギカがある。
東の着ぐるみは、この『まどか☆マギカ』に登場する「キュウべえ」というキャラクターに酷似している。酷似しているというよりも、「似せられている」というほうが妥当だろう。
なおこの「キュウべえ」は『まどか☆マギカ』の作中で「インキュベーター」とも呼ばれている。
インキュベーターという名前は、ベンチャー企業の起業をサポートする事業者や施設のことを指すときにも使われる。もともとは生物学の用語で、卵を孵化させる「孵卵器」を指す。
 
魔法少女モノ関連で「卵を孵化させる」というテーマを掲げたのは、『美少女戦士セーラームーン』のアニメ版を監督し、最近では『輪るピングドラム』を手掛けた幾原邦彦の少女革命ウテナだ。

幾原邦彦が『ウテナ』でたびたび登場人物たちに語らせた、「世界を革命するためには卵を割らなければならない」という不穏な決まり文句。これはヘルマン・ヘッセの作品から翻案なのだが、「子供が成長して大人になる」ことを象徴的に示す表現として幾原がかかわる他の作品でも頻用されている。
 
実際問題としては、子供が大人になるのは、鳥が卵から孵るように明確ではない
鳥が卵から孵るような明確さが「ない」ことが、人間のいわゆる「成長」が持っている難しさだと言ってもいいだろう。
幾原はこの「難しさ」を創作のひとつのテーマにしているのだが、『まどか☆マギカ』のストーリーを担当した虚淵玄もこのテーマを踏襲している。
 
虚淵は、インキュベーター=キュウべえを登場させることで、人間の成長における「大人と子供の境界」にある種の明確さを与え、その悲劇性を描き出す。詳しくは『まどか☆マギカ』のネタバレになるので触れない。
 
そのキュウべえの似姿を東浩紀が纏っている。
……巻頭言にあったように、編集長としての東は、オヤジ向けの話題とオンナコドモ向けの話題を本誌に混在させている
東はキュウべえの似姿を纏うことで、本誌のそれぞれの話題を自らオヤジ向け、オンナコドモ向けと分類しながら、同時にそれらを分類することがはらむ悲劇性にも注意を向けていると言えるだろう。
 
なお、もう一人の人物、「ロールプレイングゲームの賢者のような服を着た見慣れぬ男性」は志倉千代丸である。
(株)MAGES.代表取締役社長であり、先述の『まどか☆マギカ』の制作にもかかわったプロダクション「ニトロプラス」とともに、STEINS;GATEというコンテンツ群の企画と原作を担当した人間だ。

 
『STEINS;GATE』は、時間を遡る機械を発明してしまった大学生の主人公が、友人の死と、予言された人類の絶望的な未来とを、ともに回避するために苦悩する物語を主軸にしている。
テレビやインターネット、ケータイ電話を駆使して、ハッピーエンドを模索する設定が特色の『STEINS;GATE』だが、『まどか☆マギカ』と同様に、東の主著のひとつゲーム的リアリズムの誕生で分析されている、いわゆるループ構造がテーマにされた作品である。

 
ループ構造をテーマにする『STEINS;GATE』のような作品の登場人物は、何をするにも常に選択肢が与えられて(いるかのように最初は描かれて)おり、やがて「どの選択肢を選んでも同じような絶望」に陥るように仕向けられるのが特徴だ。
それは自由を称揚する現代の消費社会のなかで、「何を選んでも似たような退屈で窮屈な生活しか得られない」という人々の実感にリンクする。
どうしたらこの絶望的で退屈なループを突破できるのか。『まどか☆マギカ』や『STEINS;GATE』では、主人公は諦めずに「更に別の選択肢」を見つけ出す、という解決をクライマックスに置く。
キーワードは希望ということになるだろう。諦めずに、他の選択肢を探し求めること。
 
もう一度、東の巻頭言に戻ろう。
東は巻頭言の最後で、美術家の村上隆が設立した会社カイカイキキの意義に言及する。
 
昨年の大震災に対する美術家としての応答として発表された、幅100メートルという圧倒的な規模の絵画。村上隆がこの作品を発表できたことの背後に、彼が2001年に設立したカイカイキキという会社の存在が不可欠だったということを東は指摘する。
 
東は株式会社ゲンロンを、本誌のシリーズを発行するために立ち上げたという。しかしそれは同時に、カイカイキキが大震災に対する村上の作品発表を支えたように、まだ起きていないが今後起こりうる次の災害への備えになるようにしたい、と語る。
さらにもう一度今度は「オープニングアートプロジェクト」の方を見なおしてみると、こちらにもモエ・ジャパンの福嶋、(株)MAGES.の志村、そしてゲンロンの東と、会社の代表が揃っている。彼らは衣装や着ぐるみを着た写真撮影のあとに行った鼎談で、「クールジャパン」的なモデルをどのように乗り越えて、今後の国際市場を生き抜いていくかを語り合う。東は拝金主義者ではない。彼は、営利活動を行うことで、危機に直面した時の対応力を高めることを常に強調している。
 
新たな国づくりとは、まだ見ぬ未来の災害に備えるようにして、希望を持って自らの力を組織することなのかも知れない。この認識が、東の言う「新しい国をつくるための、新しい心」なのではないだろうか。
そして、この認識は、本誌の他のコンテンツのすべてに共通している。そしてここには多様に組織された力が、様々な希望の姿を明らかにしている。本誌は希望の書だと言えるだろう。
 
 
【関連書籍など】


 

目次
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コンセプト
アキハバラ3000 ━━ サイパン
志倉千代丸+福嶋麻衣子+東浩紀
   ハイパーリアル
   リアル
巻頭言
新しい国、新しい星座
東浩紀
 
小説
なんでも政治的に受けとればいいというわけではない
高橋源一郎
講演
芸術家の使命と覚悟 ━━ ドーハ
村上隆
 
第一部 提案
憲法2.0
楠正憲+境真良+白田秀彰+西田亮介+東浩紀
   起草にあたって
   新日本国憲法ゲンロン草案
   コンメンタール
   研究会討議記録
   憲法構想史概観
   憲法構想史年表
 
列島改造論2.0
藤村龍至
   国土計画史概観
   国土計画史年表
文学2.0 余が言文一致の未来
市川真人
 
第二部 対話
草木の生起する国 ━━ 京都
梅原猛
 
ジャーナリズムと未来 ━━ 北京
安替+津田大介+東浩紀
 
3・11後の悪い場所 ━━ 東京
黒瀬陽平+椹木野衣+東浩紀
 
第三部 論考
あなたにギャル男を愛していないとは言わせない
― 「クール・ジャパノロジー」と倒錯の強い定義
千葉雅也
 
勝機はインド以西にあり
― 外交0.8から外交2.0へアップデートを
常岡浩介
 
「不自由」な日本の地方
― 消費社会化は民主主義の敵か
西田亮介
 
マンガのふたつの顔
伊藤剛
 
国民クイズ2.0
徳久倫康
 
寄稿者一覧
支援者一覧
Japan 2.0 English Abstracts and Translations
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【関連ページ】

株式会社ゲンロン

画面右上部にある「あずまんと美少女どっちをえらぶ?」というバナーが、対話式のゲームになっている。
本誌の詳細な紹介や、出版についてゲンロンがどう考えているか、などを知ることができる面白い広告。
これもある意味で本誌のコンテンツの一部だと言えるかも知れない。
ちなみに僕は「凪のことを教えてくれ」からどうしても先に進めません。
 

 
 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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