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愛は「出会い」よりも「持続」が重要じゃ!爺さん哲学者の愛の賛歌

フランスで大反響を呼びベストセラーになった本がとうとう邦訳された。本のタイトルは愛の世紀。いわゆる現代思想と呼ばれる哲学者としても知られるアラン・バディウ氏に対する、ジャーナリストのニコラ・トリュオング氏のインタビューをまとめた本だ。
 
テーマは「愛」。
 
原書はフランスで実に20万部以上を売り上げ、哲学書としては異例の記録を樹立した1冊。バディウ氏は哲学者であると同時に喜劇役者でもあり、その語り口の鮮やかさには定評がある。1937年生まれ、御年75歳のヴェテラン思想家である。
 

 
正面から愛をテーマにした哲学書には、最近だとベルナール・スティグレール氏による愛するということ─「自分」を、そして「われわれ」をがある。スティグレール氏は、ジャック・デリダ氏の指導のもと主にテクノロジーについての哲学を展開し、メディア論・芸術論・政治論を精力的に横断する活動を今でも続けている。
スティグレール氏の『愛するということ』も、刊行時、哲学書としては異例のベストセラーになった。なお、『愛の世紀』と比べると、『愛するということ』のほうは、より哲学的で難解な印象を持たれるかも知れない。高度資本主義社会・高度にメディア化された社会において「どのように生きるか」を問い掛ける内容。

 
もちろん、バディウ氏の『愛の世紀』だって「どのように生きるか」が重要なテーマだ。
 
バディウ氏は愛を、「出会い」、「持続」、そして「告白」というテーマで論じている。一般的には「出会い」の偶然性や、その運命的な感動が取り沙汰されることが多いが、バディウ氏にとっては「出会い」よりも、愛の「持続」のほうが、より重要なものだという。
 
偶然に出会うということは愛にとって重要ではある、とバディウ氏は認める。しかし、奇跡的な「出会い」に始まる燃え尽きるような愛は、バディウ氏の表現を借りるなら「芸術的に見て非常に強烈な美を伴って」いるが「深刻な実存的障害をもたら」す。
愛は「出会い」に集約されず、むしろその「持続」において実現する、とバディウ氏は語る。
「真の愛とは、空間、世界、時間が提示する諸々の障害を、長期にわたって厳粛な態度で打破するような愛のこと」とバディウ氏は強く断言している(うらやましい)。
 
またバディウ氏は、「持続」のなかの、とりわけ「告白」という行為を重視。
アンドレ・ゴルツという哲学者が82歳のときに書いた
「僕たちは一緒に暮らしはじめて58年になる、しかし今ほど君を愛したことはない」
という美しいフレーズを受けて、愛の持続のなかで繰り返される愛の告白は、これからもその愛を持続していくという約束であり、その愛を信じることが人生にとって重要だと語る。
「愛を諦め、それを信じないということは、神聖な主観性の破壊をもたらす」
「愛が存在しないなら、人生はまったく色褪せたものになるだろうとはっきり言う必要」

がある、と述べている。

※上掲の引用部のフレーズで始まる『また君に恋をした』
 
バディウ氏によると「常に新たな告白(誓約)」を反復することが大事。
この重要性を論じるくだりで、それが演劇における演出の稽古と結び付けられて語られる箇所は、自ら演劇に深く関わっているバディウ氏ならではの説得力がある。
 
なお、このくだりについては、ゴダール監督の映画『フォーエヴァー・モーツァルト』のワンシーンが参考になる。
作中に登場する映画監督が、疲弊しきった女優に対して信じられないほどの回数のリテイクを繰り返し、「ウィ(日本語で「はい」にあたるフランス語)」を何度も何度も言わせる、というシーンだ。
胸を打つ名シーンだが、極限状態の女優の悲痛な姿が正視に耐えない、非常に暴力的なものでもある。
バディウ氏は「愛」を労働に喩え、「根気づよい努力のさなかにもたらされる報酬とは、幸福です」とも主張している。
 
以下に引用するのは、バディウ氏が結論部で述べている感動的な一節だ。
 
愛すること、それはあらゆる孤独を越え、
世界にあって生存に活力を与えるものすべてに関わることです。
わたしにはわかります。
この世界とは直ちに、他者とともにあることがわたしに与える幸福の源泉なのです。
「あなたを愛している」という言葉は、
世界にはあなたというわたしの幸福の源泉がある、という意味を持つ

 
ここで、「言葉」が非常に重い位置づけを与えられていることに注目するべきだろう。それは哲学者でもあり喜劇役者でもあるバディウ氏の思想にとって最も重要なもののひとつだからだ。バディウ氏は、偶然の「出会い」を、人生の中に定着させていくような、繰り返し愛を約束する「告白」が、その持続を永遠のものにすると述べています。偶然だった2人の出会いが永遠の愛の持続になっていく、そのために「告白」は欠かせない、ということなのだろう。
 
なお、ここにはストーカーによる一方的な愛情の迷惑さや、共依存に陥ったカップルの生活の悲惨さなどは触れられていない。単純に「愛」が終わるようなケースについてもほとんど触れていない(別れないほうがいい、というようなことは語られているが)。
 
「愛」が拒絶されるとき、そこには何が起きているのか、ということは、しかし重要な問題だ。
バディウ氏は「わたしは常に、始まりの問題にだけではなく、持続やプロセスの問題に関心を持って来ました」と述べているが、愛が拒絶され、愛し合っていた2人の関係が潰えるときの「プロセス」については述べていない。
映画監督のゴダール氏と自分を比較して「ゴダール氏は悲哀の色調を帯びている」と語る、喜劇俳優としての顔を持つバディウ氏。そんな彼が大衆向けに語ったものをまとめた本書で、そのようなテーマが扱われないのは当然かも知れない。
 
本書を読んで物足りないと思った読者には、次の作品をおすすめしておこう。
 
楠田夏子グレイ ロマンス
少女漫画だからといって侮るなかれ(そんな性急な人、もうあんまりいないと思うけど)。
本書には、「愛の終わり」の切なさがこれでもかと詰め込まれている。
そのちょっと滑稽で、しかしなんだか取り返しがつかないような苦い感じは、「あらゆる孤独を越え、世界にあって生存に活力を与える」ような愛を、失わざるを得なかった全ての人の胸を強く揺さぶる。
うっ、書いてて涙でてきた…

 
なお、『愛の世紀』のタイトルの元ネタである、ゴダール氏の同名映画『愛の世紀』と同時期に、彼のパートナーであったアンヌ=マリー・ミエヴィルが撮った『そして愛に至る』という映画がある。この映画にゴダール氏はみずから出演し、みすぼらしい姿を晒して「人を愛することができない」と言ってさめざめと泣く。 わかる!わかるよ! このシーンも非常に強く胸を打つ。本書を読んだあとに、この映画を観ると、感慨もひとしおだろう。

※この映画はフーリエ・サド・クロソウスキーらの作品への明確なオマージュも含まれている。フーリエからクロソウスキーにいたる問題系は、、先日紹介した超絶ディストピア小説ゴースト・オブ・ユートピアの「愛の新世紀」の章でも重要なモチーフになっていた。実際、愛しあう2人が、外部からの闖入者をどう受け入れ歓待するべきなのか、ということは非常にセンシティブな問題である。

 
バディウ氏の語るような、理想の愛、愛の理想というものは、まさに「追い求めるべき」ものだろう。そして、そこに挫折してしまったとしても、その愛が真摯なものであればあるほど、その意義は大きいものになる。「人を愛せない」とさめざめと泣いたゴダール氏が登場する上掲の作品、放題は「そして愛にいたる」だが、原題を直訳すると『和解のあとで』である。そう、愛には終わりがあるかも知れない。その辛く苦しい思いもまた真実だろう。しかし、そこには和解の可能性があるのだ。
まあ、僕は離婚した元妻とはもう二度と会いたくないですけどね。
 
【関連書籍など】


 
目次
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第1章 脅かされる愛
 
第2章 哲学者と愛
 
第3章 愛の構築
 
第4章 愛の真理
 
第5章 愛と政治
 
第6章 愛と芸術
 
訳者解説
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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