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ユートピアは死んだ!脳がぐちゃぐちゃになる超絶小説、発売!

さて、ゴースト・オブ・ユートピアは樺山三英の最新作だ。樺山三英は、超絶的な作品を作り出す数少ない作家の一人である。彼は、「小説」あるいは「物語」というものの極限を目指しているとしか思えない。『ゴースト・オブ・ユートピア』は小説でありながら、いわゆる「すじがき」のようなものを抽出することが非常に困難な物語なのだ。
 

 
まず、当Bookニュースの記事の体裁としては異例になるが、目次を見てもらいたい。
 
目次
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nowhere?
一九八四年
愛の新世界
ガリヴァー旅行記
小惑星物語
無何有郷だより
 
now here
すばらしい新世界
世界最終戦論
収容所群島
太陽の帝国
華氏四五一度
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そう、有名な作品の名前がいくつも含まれているので気付いた読者も多いだろう。この作品、先行する他作品の名前を各章のタイトルに引用しているのだ。しかも、これは実際に読んでみてもらいたいのだが、どの章も、読者のあたまのなかを徹底的にこねくり回して遊んでやろうという意志に満ちた、迷路のような内容になっている。
世界中のありとあらゆる音楽をごちゃ混ぜにしたBGMが、爆音でながれる遊園地に迷い込んだような、スペシャルで圧倒的な読み応えを読者は体験することになる。
最近のゴダールの作品のような強烈な情報の圧縮がここにある。

 
ちなみに、冒頭に僕はこの作品について「いわゆるすじがきのようなもの」を抽出するのが困難だ、と書いた。ほんとうにややこしくて申し訳ないのだが、実は本書の「すじがき」を抜き出すだけならば簡単なのだ。本書の筋書き、それはすなわち、「何処にも無い場所を追い求める「きみ」を、「ぼく」が追い求めているうちに、ふたりの境界は融解し、境界をうしなったふたりは溶けて消えてしまう」というものだ。
 
だがしかし、こんな「すじがき」で誰がこの作品を理解することができるのだろうか?こんな「すじがき」はたぶん、ただ「すじがき」以外のすべて、この作品がこの作品であるための、細部を繋ぎ止める樹の幹のようなものでしかない。本書は、「すじがき」だけを抽出してしまうと、作品そのものが崩壊してしまうように作られている。
 
この作品には、いくつものモチーフが埋め込まれ、それぞれについて繰り返し描写することでその重要さを強調している。たとえば「きみ」
本書で「きみ」と呼ばれている相手は、当初は作中人物で一人称の語り手である「ぼく」が追跡している別の人物のことだろう、と読者は思う。しかし、本書を読み進めていくにしたがって、実は本書で「きみ」と呼ばれているのは、「ぼく」の書いているものを読んでいる当の読者本人のような感じがしてくる。そのとき本書は、まるで作中人物からの「手紙」のように思われるだろう。本書のタイトルにもある「ユートピア」とはいわゆる「理想郷」であると同時に、「何処にも無い場所」のことでもある。
「何処にも無い場所」を追い求めている「きみ」は、『ゴースト・オブ・ユートピア』という本の結末に向けて本書を読み進める読者のことなのだ。
 
この「何処にも無い場所=ユートピア」というのも本書の重要なモチーフだ。本書の折り返し地点で、読者=「きみ」は「ユートピアにたどり着く」ことになる。それはいわば革命が達成された場所であり、ある意味で理想が実現した世界だった。作中人物である「ぼく」は、けっして到達できないほど遠い、「何処にも無い場所」だったはずの「ユートピア」に、「きみ」が到達してしまった、と書く。さて、読者は、一人称の語り手である「ぼく」と、作中人物がけっして辿りつけない場所に到達してしまったという「きみ」のどちらに感情移入しながら本書を読み進めることになるのだろうか。
 
本書のタイトルは、コースト・オブ・ユートピアという演劇作品のタイトルを捩ったものだ。『コースト・オブ・ユートピア』は、21世紀に入ってからつくられた長大な歴史叙事詩作品で、トニー賞最優秀作品賞をはじめ演劇界の主要7部門を総なめにしたことで知られている。ここで「ユートピア」と言われているのは、帝国ロシアに絶望した知識人が思い描く夢見る世界のこと。それはまさしく理想郷を意味している。

 
その『コースト・オブ・ユートピア』の最初の一文字に濁点を付けただけで、物語の印象は途端に茫漠としたものになる。理想郷の亡霊。
何処にも無かったはずの世界が、しかも死んでしまって、亡霊として現れる。何処にも無かったはずの世界が、どのようにして死ぬことができるのか。こうして書いてみると難しいようだけれど、ユートピアの死を想像するのは実は容易い。『コースト・オブ・ユートピア』の登場人物たちが思い描いた「理想郷」が社会主義革命によって樹立される世界であったことを思い起こそう。実際に起った革命と、その革命思想が実現しようとした理想郷のことを思い起こそう。そして、その「理想郷」が無残に滅びていく悲劇を思い出せばいい。そこには「ユートピア」の死がある。
 
ソルジェニーツィンの代表作収容所群島が描いた、ほぼ完全なディストピアと化したソヴィエト連邦は、「死んだユートピア」の代表格だろう。

 
一九八四年を描いたジョージ・オーウェルが経験した、無血革命によるスペインの解放とその後の共産党とアナーキストの対立の絶望が本書の最初に置かれているのも重要だろう。本書は理想が実現したかのように見えたあとで腐敗し、崩壊し、人々が絶望に取り憑かれるところから始まる。

 
本書の最終章、先日、この世を去ったレイ・ブラッドベリの代表作のひとつ華氏四五一度を引用しながら著者はまだ「希望」について語っている。最後に重要なキーワードになるのは「火」と「声」だ。『華氏四五一度』の世界では、危険思想と見做されて書籍がどんどん燃やされていく。思想、歴史、物語が、劫火によって焼却されていく。そのカタルシスは、『ゴースト・オブ・ユートピア』で繰り返し描かれる様々なユートピアが崩壊していく悲劇が生み出す快感を思い出させるだろう。そして書物が焼きつくされたあとには「声」だけが残る。『華氏四五一度』と奇妙な一致を見せるといわれる高名なメディア学者マーシャル・マクルーハンの思想、そしてインターネットによるデジタルネットワークにおいて、情報が声のように広まり消費されていくことが注目される。そして、腐敗し焼却され、誰からも顧みられることがなくなったユートピアの理想が、残響のように、読者の耳に囁き始めるだろう。

 
ちなみに第二章のタイトルになっている愛の新世界は映画化されているので、トレーラーを貼っておこう。

すいません。これはフーリエが著した空想的社会主義の思想書愛の新世界のタイトルをたぶん借りた別の本の映画化だった。
この本については、哲学者の國分功一郎氏の歓待の原理 クロソウスキーからフーリエへがとても参考になるのでオススメ。
ともあれ、「愛の新世界」は、ラブホテルが舞台になり、あきらかにクロソウスキーとサド、そしてマゾッホが参照されている。変態性欲と暴力に満ちたホテルは、飛浩隆のグラン・ヴァカンスを思い出させる。「愛の新世界」で描かれた狂気の館は火に包まれて焼け落ちる。燃えるユートピア。そしてその廃墟にホテルの幽霊が現れる。(このあたりはフーリエ、クロソウスキー、サドから飛浩隆のイメージまでを鮮やかに直結していて非常に興味深い)

 
ところで、最近「共産主義」とか「社会主義」の再評価の機運が高まってきている。
水声社から発売予定の本、アラン・バディウ『愛の世紀』、そしてそのバディウも論考を寄せているスラヴォイ・ジジェクらが編纂した論集『共産主義の理念』は、本書と併せて読むと面白いだろう。
なお、『愛の世紀』とはゴダールの映画作品のタイトルと同じもの。そもそもこの本じたいが、ゴダールのこの映画の影響下に書かれたものとのこと。バディウは、、当記事の最初に挙げたゴダールの作品『ゴダール・ソシアリスム』に出演もしている。『ゴダール・ソシアリスム』は原題を直訳すると「映画社会主義」あるいは「社会主義映画」ということで、ここにも興味深い符合がある。
水声社の二冊も近日中に紹介する予定。乞うご期待。
(なお、ゴダールの映画を観る人には平倉圭ゴダール的方法がオススメ。これもヤバい一冊です)

なお、本書の作者である樺山三英は、過去に2冊の長編を刊行している。ジャン=ジャックの自意識の場合ハムレット・シンドロームである。今回の『ゴースト・オブ・ユートピア』は、前2作をかけ合わせた上に極彩色と化学調味料と麻薬をふんだんに盛り込んで爆薬を仕掛けたような内容になっている。前作品のファンだった人も、「こんなもんか」と思った人にも、強くオススメしたい劇薬小説だと断言したい。
 
 
【関連書籍など】


 
【関連ページ】

S―Fマガジン2012年8月号:ハヤカワ・オンライン

『ゴースト・オブ・ユートピア』が連載されていた「SFマガジン」。
6/25発売の最新号には、評論家の岡和田晃氏と著者の樺山三英氏の対談「対談「歴史と自我の狭間で――『ゴースト・オブ・ユートピア』とSFの源流」 」が掲載される予定。
 
なお、岡和田晃氏は以前に、評論家の藤田直哉氏とともに樺山三英氏にインタビューを行なっている。
 
また、以下のページでは岡和田晃氏による樺山三英氏への超濃密なインタビューが公開されています。

speculativejapan ≫ SFセミナー2010合宿企画
「樺山三英と一緒に、樺山三英の小説を語ろう」
(第一部)

(第ニ部)

(第三部)

 
【関連記事】

変態小説の金字塔、堂々の復刊!『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』

「「翻訳不可能」な書き方でもって、辛辣きわまりない、乾ききった笑いだけに満ちた「バロック的リアリズム」の世界が描かれ、読者たちは混沌とした世界の中を彷徨させられることになる。まさに変態小説の金字塔。」
変態小説繋がりで。

 

極上の食と芸術が彩る歴史。ホテル研究の権威が集めたエピソード集

歓待の場所として「愛の新世界」の章でフォーカスされるホテル。
『ホテルの博物誌』は、実際のホテル、歴代の文豪たちが描いたホテルをまとめた一冊。
こちらと併せて読むことで、「愛の新世界」の章の深みがグッと増すと思います。

 

『闇の国々』翻訳者・原正人氏にインタビューしました!

「どこにもない場所」としてのユートピアを視覚化した海外コミック屈指の大作・快作が『闇の国々』。

 

美しい自然と朗らかな人たちを描いたバンドデシネの傑作『ムチャチョ』

南米で人民のために革命戦線に身を投じる主人公の苦悩を美しく描いた作品。
ここでもユートピアへのあこがれと、苦い挫折が描かれている。

 

ナチスのキッチンと渋谷のシェアハウスに想う未来の幸せな食事情

かつてナチス・ドイツが思い描き実現しようと邁進したその先にあったものは、まさに『ゴースト・オブ・ユートピア』でいうユートピアであっただろう。
そしてこの記事で扱った「渋家」の人たちも、自分たちなりの理想郷の実現のために生きている。
彼らと『ゴースト・オブ・ユートピア』の関係は驚くほど近い。

 

芸術作品の根源とは何なのか。『いまだない世界を求めて』

樺山三英氏は、かつて東浩紀氏が配信していた「早すぎたメルマガサービス」こと「波状言論」のスタッフをしていた。
彼の思想に、東浩紀氏のデリダ理解は深く影響していると思うのだが、その東浩紀氏のデリダ論は、このヨーロッパからアメリカに移住し、デリダ解釈の最右翼をなすような重要な論考を展開したロドルフ・ガシェの思想を無視してはいないだろう。まさに『いまだない世界を求めて』と題された本書も、『ゴースト・オブ・ユートピア』の副読書として挙げておきたい。

 

音楽と美術と文学の交差点にある、ゴミ、ノイズ、ガラクタ

高名な歴史家を父に持つ樺山氏にとって、歴史に対する眼差しというのも非常に重要なものだ。『ゴースト・オブ・ユートピア』に限らず、彼の作品は文学史に対する再評価・読み直しを圧縮しまくった歪みを楽しむような側面がある。
芸術と音楽に関して、このような圧縮と歪み、そして過去の歴史をどう引き継いでいくかという問題について、美術評論家の椹木野衣氏と、悪趣味小説を高踏的に書いていた小説家の清水アリカ氏の対談は興味深い。

 

水村美苗、待望の長編小説をその思想的背景から読む『母の遺産』

樺山三英氏の作風で、一番似ている作家というのは、上掲の岡和田・藤田両氏によるインタビューでも話題に挙がっていた、水村美苗氏をその一人に挙げることができる。
水村氏は比較的オーソドックスな大河小説にまとめあげるのに対して、樺山氏は空想小説的な方向に話をコンデンスしていく、という違いが、見掛け上に大きな違いを生み出しているに過ぎないとも言えるだろう。

 

『存在しないものに向かって 志向性の論理と形而上学


 

レーニン思想の現代向けアップデートを目論むという『戦略の工場』

 

藤子F不二雄+藤子不二雄A『UTOPIA最後の世界大戦』


 

言説、形象(ディスクール、フィギュール)


 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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