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現代美術で今一番カッコいい!スキャンダラスな癒し系アーティスト

「現代美術で一番カッコいい作品は何か」という問いかけに対して、ゲルハルト・リヒターの作品を挙げることも、アンディ・ウォーホルの作品を挙げることもできるだろう。でも、とりあえず、「カッコいい」を「クール」というニュアンスで理解するなら、挙げられるアーティストの名前はおそらくデミアン・ハーストになる。
 
デミアン・ハーストは「存命中の美術家」としては最高額で作品が取引される作家だが、そういう背景よりも、巨大なサメやウシをホルマリン漬けにした作品や、ダイヤモンドで飾り立てられた髑髏の作品が知られているだろう。雑誌『美術手帖』は今回、このデミアン・ハーストを特集している。
 

 
ハーストは、生と死をテーマに作品を作り続けてきた。1960年代生まれの「若き巨匠」だ。
(ハーストは、ヤング・ブリティッシュ・アーティスツ、略してYBAの代表的な存在とされている。このことから、彼を「若手」だと勘違いする人がいる。YBAとは、彼らが注目を集め始めた頃に美術ジャーナリズムがとりあえず名付けた呼び方にすぎない。確かに彼は「有名な芸術家」たちのなかでは若いほうではあるが、いまの彼を若手というのはおかしい。)
 
ジャクソン・ポロックらによる抽象表現主義美術が1960年代に頂点を迎え、続くコンセプチュアル・アートやミニマル・アート、ランド・アートやネオダダといった難解な方向性が強まってきたアメリカの美術に対して、イギリスのハーストたちは、よりスキャンダラスな性格を前面に打ち出し注目を集めた。

 
ニューヨークのアンディ・ウォーホルは広告デザイナーから美術家に転向し、商工業のように作品を量産し売り捌いた。彼のアトリエはファクトリー(工場)と名付けられていた。また、テレビや映画、雑誌による個人のカリスマ化をもウォーホルは作品に取りこむことに成功した。
ウォーホルと同世代のドイツ出身のアーティストにヨーゼフ・ボイスがいる。ナチスの強い影響下から出発し、戦後その思想を自己批判せざるを得なくなったボイスは、死と宗教性、そして政治を主な主題としていく。
ボイスの弟子としてもっとも成功したアーティストであるゲルハルト・リヒターは、ウォーホルらのポップアート、そして共産主義圏で支配的だった「社会主義リアリズム」の双方を批判的に受け継いで「資本主義的リアリズム」を打ち出した。
ハーストは彼らの次の世代である。

    

 
ウォーホル、ボイス、リヒターたちは、「現代社会における美術の役割」とはどういうことか、という問いに対して答えようとした。
ウォーホルにとってそれは人間が完全に商工業化した姿の輝きをかたちにすることだった。
ボイスにとってそれは、宗教的な神秘体験や民主的な政治力の実現であった。
リヒターにとっては、それは写真が可能にした機械的な写実を超えて現実を描き出すことだった。
 
では、ハーストにとって、美術の役割は何なのだろうか。今回の『美術手帖』に収められたインタビューによると、それは「癒し」なのだそうだ。
 
ハーストの作品は、ホルマリン漬けのサメや、ダイヤモンドに覆われた髑髏など、非常にスキャンダラスなものが多い。彼の作品の、どこが「癒し」なのだろうか。
ハーストの名前を美術史上に刻みつけた「一千年」という作品がある。この作品は、密閉された大きなガラスケースのなかに蛆虫とウシの頭部、そして羽化したハエを殺すための電撃殺虫機が設置されている、という作品だ。
セックス・ピストルズなどのパンクの影響を受けたハーストらしい、過激な作品である。
この作品に主役がいるとすれば、それはハエという、一般的には見向きもされない、むしろ目を背けたくなるような、穢れた存在、弱々しい存在だろう。この弱々しく穢れた存在が生まれ、育ち、飛び回り、機械によって殺されたりする。その死を免れたハエは、互いに生殖し、また次の世代を作り出す。そしてその次の世代がまた、生まれ、育ち、殺され、生き延びて、次の世代を作り出していく。
「一千年」という作品のタイトルからもわかるように、この作品のテーマは、長いスパンに繰り返される生と死のサイクルの戯画だ。
死は、ハーストにとって重要なテーマなのだが、それは単なるロマンティシズムではないだろう。「一千年」にも端的に現れているような、長いスパンの世界観から死を扱う。
 
あるいは、最近発表され話題になったダイヤモンドで飾り立てられた髑髏の作品。「神の愛のために」と題されたこの作品は、永遠の象徴である美しいダイヤモンドで覆われた、死の象徴である。この作品には本物のダイヤモンドが使われているため、材料費が非常に高価であることも話題になった。しかし、この作品は原材料費よりも高価な値段が付けられた。ハーストという個人の制作した美術作品がそれだけの評価を受けたといえるだろう。そこでは、永遠や死は、ヒトの営為によって一層高く価値付けられたということになる。
 
これらの作品によって、「ハーストが死に打ち勝った」というのは性急に過ぎる。命あるものがいつか死んでしまう、ということは覆されていないからだ。しかし、死を前にして生きていかざるを得ない人々が彼の作品を観るとき、そこに生と死のサイクルを見て、また死と永遠を上回る価値をヒトの営為が得ていることを知るならば、そこになんらかの慰めを感じることができるのではないだろうか。
 
ハーストは、そのスキャンダラスでパンキッシュな作風から、ニヒリストだと考えられがちなアーティストだ。しかし、上述のとおり、彼をニヒリストだと断じるのは正しくないだろう。確かに、生と死を作品の題材とし、どぎつい演出で世間を騒がせる彼の姿が刹那主義的に思われるのもわからなくはない。しかしその見掛けの裏には、死に向き合うショックに対して「癒し」を求める彼の姿勢がある。
ハーストの作品が高く評価されているのは、誰にでも訪れる「死」という恐怖に対峙し、その恐怖に「癒し」を与えるからなのだ。

 
【関連書籍など】


 
目次
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SPECIAL FEATURE
デミアン・ハースト
 
PART1:EXHIBITION
テート・モダンでの大回顧展開幕
 
担当キュレーター アン・ギャラガーに聞く
伊東豊子=取材・文
 
REVIEW
芸術家デミアン・ハーストの第一幕
伊東豊子=文
 
「コンプリート・スポット・ペインティング1986-2011」展
藤森愛実=文
 
DIALOGUE
最新インタビュー
デミアン・ハースト×ニコラス・セロータ[テート館長]
 
PART2:INTERVIEW
マット・コリショー[アーティスト] 伊東豊子=取材・文
ティム・マーロウ[ギャラリー・ディレクター] 伊東豊子=取材・文
ランキン[写真家] 三宅由希=取材・文
 
PART3:CHRONOLOGY
年表
デミアン・ハーストの軌跡
1965~2012
伊東豊子=監修 熊倉晴子=編集+文
 
PART4:ANALYSIS
ハンス・ウルリッヒ・オブリスト[キュレーター]×デミアン・ハースト
スチュアート・モーガン[美術評論家]
 
デミアン・ハースト最新情報
 
連載
後美術論 第8回 次は溶融だ(3) 
椹木野衣=文
 
[WORLD NEWS]
New York/Paris/Berlin/London/Beijing/
世界のアート注目トピックス
 
ANA 空のスタイル考 Vol.15 航空写真の撮り方編
ルーヴル――DNP ミュージアムラボワークショップ
「くらべてみよう、見てみよう」
アクリリックス・ワールド Vol.70 マリアーネ
AKB美術部 Vol.3
遠藤一郎「愛と平和と未来のために」 Vol.43
北川フラム「足裏の記憶」 Vol.7 丸山眞男「広島」
ながさわたかひろ「に・褒められたくて」 Vol.24 大根仁
子どもと美術 Vol.86
 
学校特集 美大を目指す夏
 
ARTIST INTERVIEW
さわひらき Hiraki Sawa 
小池一子=聞き手
 
[REVIEWS]
ミリアム・カーン/A Nightmare Is A Dream Come True/
シンディ・シャーマン/平川典俊/小林正人/西尾康之/山口晃/
この素晴らしき世界:アジアの現代美術から見る世界の今
片岡真実+椹木野衣+清水穣+能勢陽子+松井みどり+
児島やよい+ダリル・ウィー+木村絵理子=評
 
[INFORMATION]
MOVIE/EXHIBITION/NEWS/MEMORIAL/BOOK/月刊美術史
 
[BOOK IN BOOK]
ART NAVI 今月の美術館・ギャラリーガイド
期待のアーティストに聞く!/今月のイチ押し展覧会!/イベント情報/
ギャラリストの新世代
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【関連ページ】

ダミアン・ハースト/Damien Hirstの作品画像コレクション – NAVER まとめ

最近の「日曜大工にも劣る」と酷評された絵画作品から、今回の記事でもとりあげたサメの作品やハエの作品、先日、日本で展覧会も開かれた色見本みたいな作品まで揃っています。
 
 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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