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特異で華麗な美学の到達点。中村明日美子『ウツボラ』完結

中村明日美子(なかむらあすみこ)の最新作ウツボラが完結した。最終巻となった第二巻には、描き下しエピローグが追加され、完全版というかたちだ。
 
『ウツボラ』は、冒頭で自殺する正体不明の美女と、その「双子の姉」を名乗るもう一人の美女、そしてこの二人に幻影のようにつきまとわれる往年の男性人気作家、この三人を中心に描かれる物語。この三人に、作家の担当編集者、作家の姪、そしてこの作家の旧友でもあるもうひとりの作家、自殺事件を追う二人の刑事たちが登場し、自殺事件の真相と、作中作でもある『ウツボラ』の「本当の作者が誰なのか」という問題をめぐって錯綜する。
 

 

  


 
中村明日美子は、19世紀末に活躍したイラストレーターのオーブリー・ビアズリーや、日本のグラフィックデザイナー宇野亜喜良のイラストレーションを彷彿とさせる、耽美的な描線を特徴とする漫画家。特に初期は、独特の美学に基づくプロポーションのため、画面に描かれている人体がどのようなポーズをとっているのか、読者が戸惑うことがあった。もっとも、中村の虜になった読者なら、そんな画面も楽しく読み解いてしまうだろう。

 

      

 
最近はモーニングに相撲の世界を描いた呼出し一、原宿系ストリートファッション誌『KERA』にノケモノと花嫁 THE MANGA(原作は『輪るピングドラム』の幾原邦彦)を連載中。どちらも新しい境地を開拓しつつあるが、この『ウツボラ』は中村の現在の到達点を示す完成度を持った作品としてまとまったと言える。
作中に登場人物の美しさや儚さをすっきりと「わかりやすく」描きながら、ときどき思い出したように冒頭に述べたような異様な構図を取り入れてくる。そのバランスが、けっして嫌味ではなく、むしろこの作品のサイコ・サスペンスという性格が持つ心理的な不安を効果的に表現している。そういう意味では、せっかくの「強烈に異様な作風」を、口当たりの良いライトなジャンルマンガに奉仕させてしまっているのではないか、それは退屈なのではないか、と不満に思ってしまう読者もいるかも知れない。だがしかし、本作品の後半、特に描き下しのエピローグ部分にある奇妙な開放感は、中村の歪んだ描写でしか表現できないもののように僕には感じられた。
 

 

        

 
BLに抵抗のない読者には、『ウツボラ』の前に『Jの総て』シリーズをオススメしたい。『Jの総て』は、美貌のトランスジェンダー「J」を主人公に、「J」が身寄りを失って引き取られる名門プレップスクール(寄宿制私立学校)での初恋の相手ポールや乱暴者のアンディとの出会いと別れ、そしてニューヨークで「歌姫」として過ごす日々が描かれた作品。プレップスクールを卒業したポールたちと、大人になった「J」の再会が、読んでいて胸を熱くさせる。本当は「BLに抵抗のない読者」以外のすべての読者にオススメしたい逸品なので、多少の過激な描写に挑む覚悟があるならば是非挑戦してみて欲しい。なお、僕は『Jの総て』シリーズの番外編的な位置づけにある、ポールとアンディの関係を描いたばら色の頬のころが一番好きでした。
 
続いて、中村明日美子の描く世界が好きな人にオススメしたい作家を何人か挙げておきたい。既にすべて知っているという読者が大半のような気がしないでもないが、完全に網羅しきれていない読者もいるだろう。これを機会にあらためてこれらの作品を手にとってもらえたら僕も嬉しい。
 
まず最初に挙げたいのは、鈴木志保。既に伝説化している存在だが、独特の美学に基づく画面構成、残酷さと底抜けの楽観主義とが共存する奇妙な世界観は、中村明日美子と共通していると言えるだろう。代表作は、エルヴィス・コステロとロバート・ワイアットがフォークランド紛争に反対するメッセージを込めて作った楽曲『Shipbuilding』からタイトルがつけられた舟を建てる。このほか、最近の作品で子猫を中心に世界が描かれるにんぽぽ123もオススメだ。

 

  

 

  

 
続いて紹介したいのは、鳩山郁子。やはり1980年代にデビュー。彼女も独特の美学をもった作品を作り続けている。先日、初の画集が刊行されたのも記憶に新しい

 

    

 
もう一人挙げるとすれば楠本まきなのだが、まだ他にも何人か挙げられそうな気がする。「この人を忘れてない?」という作者がいたらぜひ教えて下さい。なお、下記に挙げているのは、楠本まきの代表作で、80年代版『NANA』という感じのKISS xxxx

 

    

 
ところで、今回紹介した『ウツボラ』は、「小説を書いているのは誰か?」というテーマをめぐって描かれた物語だった。このテーマは古今東西、およそ小説というものが生まれた時から問われ続け、物語にされ続けたもの。それでは小説でこのテーマを扱ったものとして印象的なものもついでに参考文献として挙げておきたい。まっさきに僕が思いつくのは佐藤友哉のクリスマス・テロル。そしてポール・オースターの幽霊たち。佐藤友哉はポール・オースター好きを公言していたので、この2つは似たものどうしだと言えるかも知れない。
3つめに挙げるのは樺山三英ハムレット・シンドローム。「小説を3つ挙げる、と言ったのに、3つのうち2つがラノベかよ」と思われたかも知れないが、騙されたと思って『ハムレット・シンドローム』を読んでみて欲しい。円城塔や伊藤計劃と同時期にデビューし、東浩紀が『一般意志2.0』を著すずっと前にジャン=ジャック・ルソーを題材にしたジャン=ジャックの自意識の場合で日本SF新人賞を受賞した作家だ。もっとも、樺山は東が当時発行していたメルマガのスタッフであったこともあり、ルソーに関する着想は東(および東が専門としていたデリダ)の影響下にあるということは断っておいたほうがいいかも知れない。(ちなみに樺山三英は6月下旬に3作目となる長編小説『ゴースト・オブ・ユートピア』を刊行予定とのこと。非常に楽しみだ)
 
『ハムレット・シンドローム』は、以前紹介した水村美苗のように、元ネタになる小説や戯曲があり、入れ子構造を作り出す。その入れ子構造が人間の意識や世界認識と同じ構造であることが作中人物らによって語られるうちに、その入れ子構造は徐々に崩れ、作中人物の言動もおかしくなり、世界そのものが揺れ動くように感じる……という仕掛けになっている。

 

    

 
『ウツボラ』と『ハムレット・シンドローム』を比べると、『ウツボラ』はあまりにも入れ子構造がシンプルなのだが、単純な構造になっているがゆえに登場人物たちの素朴で簡潔な願望が読者に伝わってきやすいような気がする。あくまで構造じたいはシンプルに。構造をシンプルにすることによって物語が醸しだす雰囲気はすっきりと儚くなる。そして重みや歪みは画面の視覚表現でもって追究する、そういう姿勢が『ウツボラ』からは感じられる。
 
冒頭、女性がビルの屋上から身を投げる瞬間。
作中で苦悩に喘ぐ登場人物の折り曲げた腰。
物語の末尾で、幾何学模様のように左右に対照され、はっきりと異なった未来へと足を踏み出す二人の人物の姿。
 
これらのすべてのシーンに、いわば単純に視覚的に表現された感情や事情だけではない、複雑に絡まりあった悩みや覚悟が刻みつけられている。
ネタバレを避けるため、これ以上は書けない。是非とも本作を手にとって、この「絵」を味わってみて欲しい。

 
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「楽園は、ここにある。」フェア | 白泉社

コミックナタリー – 楽園フェアで明日美子、練導、水谷フーカの描き下ろし特典

「楽園君(仮)」のクリアーしおり欲しいです。
 
 
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【本が好き!編集部ナガタのプロフィール】
当「BOOKニュース」を担当している’79年生まれ男性。
アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は板橋区在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職・結婚・離婚など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。
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